日出卜英斗は諭されたい?
少し話して、ハナ姉は授業に帰っていった。
俺も戻ろうかと、生徒会室をあとにする。
別れ際の「またあとでね」の一言が嬉しい。ハナ姉も少し落ち着いたみたいだ。
で、俺も一階に降りて教室に向かっていると……中庭に問題の人間を発見する。
「
生徒会長、流輝先輩がじょうろを片手に立っていた。
どうやら花壇に水をやっているようだが……訝しげに見詰めていると、視線に気づいたのか先輩は振り返った。
俺はとりあえず、窓を開けて顔を出す。
「おっ、さてはサボリだな! ええと……
「はあ、まあ……っていうか、先輩もですよね」
「そう
「や、そういう顔に生まれてるんで」
目付きが悪いというのは、もう気にしないことにした。
それに、もしかしたら俺は無意識に睨んでいたのかもしれない。この人が俺には、全ての元凶に見えてならないからだ。
でも、
そう思っていると、流輝先輩は言葉を続ける。
「ここの花が気になってね。時々見に来てるんだよ」
「はあ……そういうのは学級の係や委員会、園芸部の仕事では」
「まあ、そうなんだけどね。僕が個人的にやりたいのさ。今日はそれで学校に来たんだ」
なにこの
なんなの、無駄にイケメンなのも手伝ってすっげえ腹が立つ。
けど、どことなく
「さて、これでよし。綺麗に咲いてるだろう?」
「やっぱ、係の人の世話が行き届いてるからじゃないっすかね」
「それはそうだ。でも、僕だってその一端を担ってるつもりだけどね」
「はあ、それは、まあ」
「よし! 英斗君はこのあと暇だろう? よかったら少し付き合い
「最後の授業くらい出ようと思うんですけど」
「毒を食らわば皿まで、だぜー?」
この人には常識や規律ってもんがないんだろうか。
けど、なんだか妙に
気さくに話しかけてくれて、先輩の言葉は軽妙で会話が弾む。
嫌でも言葉のキャッチボールが成立してしまった。
「先輩って、人に好かれるの上手いですよね」
「まさか! 僕なんて敵ばかりだよ。自分の好きに生きるってことはさ、そういうことじゃなーい?」
「まあ、そうかもしれませんけど」
「ささ、こっちこっち! この先にアニメ同好会の使ってるプレハブがあってね」
少し嫌な予感がするのだが、この流輝とかいう人間のことも少し気になった。
ようするに、この男に生徒会長の仕事をさせればいいのだ。
そうすれば、まずはハナ姉のブラック労働が解消される。
次に、婚約の件だけど……俺にだって、幼い頃からのアドバンテージはある。ようするに、俺がハナ姉にふさわしい男になればいいのだ。家も会社もなにもかも、ぶっちぎれるような……あ、いや、それはまずいか。
「ま、ゲームと同じだわな」
「うん? なにか言ったかい、英斗君」
「あっ、いえ! こ、こっちの話です!」
レベル上げをして、装備を整える時間って訳だ。
だとすると、この時間はちょっと無駄だなと後悔も湧き上がってくる。残念なことに、入学早々午後の授業を完全にサボってしまったからだ。
そうこうしていると、目の前に古びたプレハブ小屋が現れた。
ちょっと大きめの車庫くらいで、中から声が聴こえる。
廃屋一歩手前って感じだけど、流輝先輩は躊躇なくドアを開けた。
「やあ、お待たせ」
「あっ、会長! いやー、待ちましたよ!」
「なにやってたんすかー、今日は学校に来るっていうから準備してたのに」
「あれ、そっちの一年は? 友達っすか?」
友達なもんか、
でも、どうやらこの場の生徒たちにはそんな事情は知れていないみたいだ。
そう、同じ御統学園の制服を着た男子たちが五、六人ほどいた。やや薄暗い室内には、テーブルと椅子があって、飲み物やお菓子が並んでる。
勿論、この人たちも授業をエスケープしてるってことになる。
けど、みんな気弱そうで少し怯えてて、とても不良少年の吹き溜まりには見えなかった。
「おいおい、英斗くーん? そう怖い顔するなよ、みんなビビッちゃうじゃないか」
「だから、こういう顔なんですってば。で? 流輝先輩はここでなにを」
「なにをって……え、アニメ同好会なんだけど、ここ」
「それで?」
「アニメ見るんだよ、今日は貴重なフィルムが手に入ってね。VHSって知ってるかい? 光ディスクじゃない、とても古い媒体でさ。DVDにもなってないお宝アニメって訳」
なにを言ってるんだ、この人は。
でも、
機械のモーター音がそれを飲み込んで、これまた年代物のテレビが動き出した。
ブツブツとノイズが交じる中で、荒い映像が動き出す。
どうやら年代物のアニメ映画みたいだった。
「あの、流輝先輩」
「まあ、黙って見なよ。名作だよ? いやほんと、この監督の初期作品が見れるなんて、君も運がいい」
「……いや、そういうのいいっすよ。それより」
周りのアニメ少年たちも、ちょっと俺を見てビクついてる。タイの色を見れば、みんな先輩なのにな。
でも、そんなことに今は構ってられない。
生徒会長の職務を放棄して、花に水をやり、授業をサボってアニメを見てる。
そんな人間のせいで、ハナ姉が大変な目にあってるなんて、納得できない。
けど、流輝先輩は椅子に深々と座って背もたれに身を預ける。
そして、アニメを見ながら小さな声で話し出した。
「……英斗君はさあ、例えば、例えばの話だよ?」
なにを言い出すんだ?
どんな論調だろうと、俺は決して論破されないぞ!
そう思えば、自然と表情が引き締まる。
多分、目付きが鋭くなってしまっている。
でも、流輝先輩はテーブルの菓子に手を伸ばしつつ呟くように話を続けた。
「君のそのルックス、
「なんです、それ」
「仮定の話には付き合えない? ねえ、ちょっと想像力を働かせてみて。なに、ちょっとした思考ゲームだよ」
ゲームと言われると、ちょっと引き下がれない。
ぬるいながらも、ゲーマーだって自負はあるからな。
で、俺の目つき悪いことが人の役に立つ? 例えば、ええと、ボディーガードとか? ハナ姉を守れるなら、悪い話じゃないな。他には、映画の役者、俳優とか。えっ、俺が銀幕のスターですかい? それって、ありなんですかい?
いかんいかん、キャラがブレてしまう。
「英斗君、ちょっと……ニヤケ顔になってるよ?」
「はっ!? あ、いや……まあ、わかりました。ええと、そんなに悪くないんじゃ」
「うんうん、持って生まれたものが才能として認められ、利のあるものだと周囲に求められる。これって、幸せなことらしいねえ」
らしい、とは?
なんか、周囲はアニメに夢中で「今のカット見たか?」とか「作監パネェ!」とか盛り上がってて、俺たちの話も邪魔にはなっていないようだった。
けど、不思議と流輝先輩は真剣な表情だ。
それがどこか、老成した年寄りのようにも見えた。
「僕は、そうは思わない。だって、そうだろう? もしサッカーの才能があったら、サッカー選手にならなきゃいけないのかい?」
「いや、それは……」
「サッカーの才能があろうがなかろうが、テニスが好きならテニスをすればいいし、野球でもプロレスでも、なんでもいいんだ」
「……あっ」
ちょっと、流輝先輩の言わんとしてることがわかった気がした。
そして、ともすればそれは正論のようにも感じてしまった。
「僕はね、英斗君。生まれながらに優れた能力がある。欠陥があるけど、沙恋もまあ、そうだね」
「欠陥、って……それ、妹? に言う言葉じゃないでしょ!」
「まあまあ、聞いてよ。なにかしらの才能を持つものは、その発揮を求められる。けど、その才能は持ち主の人間を幸せにしてるかなってね」
「それで先輩は、学校からも生徒会からも逃げ回ってる訳ですか」
「
多様性とか、論理とか合理とか、そういうのの話だってことはわかった。
そして、その主張にも一理あるとも思えた。
けど、釈然としない。
「英斗君。幸福とは端的に言えば『選択肢の豊富さ』だ。でも、才能を活かすしかないというのは、これは僕は嫌だなあ。なんてな! ハハハ!」
それだけ言うと、流輝先輩はアニメの世界に行ってしまった。
なんだか、俺はショックのあまり無言になってしまう。流輝先輩もまた、被害者だった……みたいな話になってないかこれ!? そんな理屈が通るのか?
けど、じゃあ、あのハナ姉の多忙過ぎる日々が、流輝先輩になら押し付けていいのか? だって、指名された生徒会長で、その能力を十全に持っているから?
音楽と声とで物語が流れてゆく中、その光の明滅に照らされて……俺は膝の上で拳を握ることしかできないのだった。
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