47 果
週刊誌に映っている姿が自分のモノとは思えない。服が違えば化粧も違う。顔には目隠しが入れてある。それでも見る人が見ればわかるだろうか。その写真に写る高級コールガールらしき女がわたしであることが……。
菊坂一樹議員との付き合いは結局一年余に及ぶ。その間、タイミングが合わなかったのだろう。政敵……というより政敵群を潰す駒はわたし以外にもあったはず。それらとの連動も必要だったのだ。口火を切ったのはわたしではない。政財界を巻き込んだ汚職事件の方が先。それに比べれば女性問題など小さなことだ。が、スキャンダルには連続性が必要なのだ。そうでなければ唯でさえ飽きっぽいこの国の民がすぐに忘れてしまう。
ところで政治家は金の出所に注意しなければならない。かつて妖怪と恐れられたこの国の首相経験者は、政治資金は濾過機を通ったきれいなものを受け取らねばならん、と言ったという。何故なら、問題が起こったとき、濾過機が事件となり、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるから関わり合いにならない、という理屈だ。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だから。確かに、その後アメリカ航空機製造大手メーカーによる旅客機の受注を巡り、世界的な大規模汚職事件を起こした元首相が用いた金は十分な濾過がされなかったため、事件となる。元首相には時間も仲間も少なかったのだろう。それで濾過が不十分な金に頼る。
ところで、その事件の関係者を遡るとお母さまの遺作『耀ける大地』の舞台である傀儡国が現れる。僅か十三年で生まれ滅んだ阿片の国だ。
「唯さんには世話になったな。礼を言う」
直接会うのは約一年振りの池ノ上先生がわたしに頭を垂れる。
「実に助かったよ」
「わたしは大したことをしていません」
「いや、そんなことはない」
「わたしがどうこうしなくてもKさんは周りの失態を見て厭になり、自主的に議員を止めたかもしれません」
「その可能性はあるが、それが簡単にできないのが、この世界だ」
「柵(しがらみ)ですか」
「一言で言えば、そうなる」
「先生も、その中のお一人だと……」
「逃げることはできたよ」
「でも、お逃げにならなかった」
「沙苗さんがいたからな」
「母は最初、先生の敵だったのですね」
「敵ではなく、上層部の武器だった」
「母は、そのことを……」
「当然知っていたさ」
「では先生も……」
「結局はそうだな」
「知っていて、なお騙されたと……」
「昔のことだ」
延び延びとなったが、その日は保坂憲子を池ノ上先生に会わせる日。先生の隠れ家ではなく、高級ホテルのラウンジーバーで待ち合わせる。
「そろそろ来る時間ですね」
わたしが言うと、
「彼女をわしに会わせて何がしたい」
と先生が問う。
「憲子さんのパトロンになって下さい」
「そういえば投稿は皆落ちたようだな」
「母の名を出せば、すぐに世に出られるのに……」
「唯さんはそこを気に入ったわけか」
噂をすれば影が差し、保坂尚子が現れる。わたしの兄の離婚は彼女なりにショックだったようだが、既に立ち直っている。
「初めまして」
わたしと見知らぬ老人の姿を認め、保坂憲子が挨拶する。
「保坂と言います。無理を言って、ごめんなさい」
「いいから座って」
とわたし。
「こちらが噂の池ノ上先生」
「保坂です」
「池ノ上です。沙苗さんの作品管理を任されていると聞きましたが……」
「はい。それにまだ先の話ですが、映画にもチョイ役で出ないかと言われています」
「『耀ける大地』ですね」
「鴻上先生……というか主人公のお友だち役で」
「それはそれは……」
「あのーっ」
「何ですか」
「池ノ上先生って普通のお爺ちゃまなんですね」
「はっはっは……。怪物だとでも思っていましたか」
「いえ。でも妖怪くらいには……」
「あなたも、この年まで生きれば妖怪ですよ」
「わたしがですか」
「そうなりたくなければ、わしとは関わらない方が良い」
「今はピンときませんが、妖怪になるのも面白いですね」
先生と憲子さんの馬が合うようで、わたしは内心ホッとする。二人の会話に少しだけ割って入り、憲子さん用にカクテル・モヒートを注文する。ラムをベースとした冷製のロングドリンクでキューバ、ハバナ発祥。新大陸と富とエリザベス女王と海賊たちに由来する。
「では改めて乾杯しましょう」
わたしが音頭を取り、妖怪とコールガールと未小説家の三人がグラスを合わせる。わたしには心休まる駆け引きがない静かな時の始まりだ。
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