40 交

「どういうことだ」

「もう、そのお話は止めにしましょう」

 先生が問い、わたしが答える。ついで先生がわたしに首肯き、確認する。

「沙苗さん、本当に身体は大丈夫なのか」

「ええ、先生を服上死させるくらいには……」

「沙苗さんの最後の男が、わしか」

「わたしの最初の男も先生ですよ」

「あのときの、わしを睨んだ顔を思い出すな」

「上昇志向が強かったんです」

「余程の幸運にでも恵まれない限り、それがなければ世には出れん」

「でも昔のこと……」

「そうだな」

「これから暫くの間、先生はわたしを愛してください」

「それは構わんが、心で愛しても良いか。身体だけでなく……」

「もちろんですわ」

「では会話はこれまでだ」

 そう言い置き、池ノ上先生がわたしを抱き寄せる。優しいが、力強く、愛情を込めて。ついで子供にするようなキスをわたしにする。甘いが軽く……。軽いが愛しく……。それが徐々に大人のキスに変わる。わたしはされるが儘だ。もう少しだけ思い出のキス感覚を味わっていたい。直後にセックスを伴った、あのときのキスの味を……。あの夜、わたしは一瞬だが、先生の舌を噛み切ろうかと惑う。ついで自分の舌も噛み切り、死んでしまおうか、と……。結果的にわたしは己の気持ちに抗い、先生の舌を噛み切らない。その後、心は地獄に落ちるが、身体は天国を舞う。行為の前、先生は随分丁寧にわたしの身体を解したが、わたしの硬さは変わらない。男の場合は物理刺激だけでも逝けるものだが女は違う。少なくとも、あのときのわたしは違う。が、当然のように先生はすべてお見通しだ。十数分後に、わたしが性に狂うと知っている。けれども、あの時点のわたしがそう思うはずがない。覚悟はしていたが、穢れた男のモノが自分の身体に入ると思うと虫唾が走る。が、わたしのそんな反応さえ、先生は愉しんだのだろう。

 厭、厭、厭……。

 声には出さないが、わたしが叫ぶ。

 厭、厭、厭……。

 抵抗はしないが、わたしが足掻く。

 厭、厭、厭……。

 ああ、遂に入ってくる。

 厭、厭、厭……。

 僅かな苦痛を伴い秘所を貫通されたとき、わたしはち切れるように目を腫らす。絶対に泣くものかと誓ったが、敢え無く涙を流してしまう。一旦泣いてしまえば、後は当然のように堰を切る。わたしの涙が溢れ出す。だから挿入時の秘所の苦痛が少ないことに気づけない。わたしの身体に対する先生のコントロールが完璧に行き届いていたことに……。それに気づくのは、かなり先だ。わたしも若かったのだろう。実際に若かったのだが……。

「思い出しているのか」

 わたしから唇を離すと先生が問う。

「ええ、今では懐かしい思い出だわ」

「当時はわしを恨んだだろう」

「先生個人に恨みはありませんでしたが、まあ、そうです」

「沙苗さんには、わしの子供を産ませたかった」

「わたしも一時期、そう考えたことがありました」

「今夜は正直だな」

「わたし自身も正直ですよ」

「ほう」

「もちろん先生ご自身も正直でしょうが……」

 わたしが蓮っ葉口調でそう言い、先生の着物の裾から手を入れ、性器を探る。疾うに七十歳を過ぎているというのに、それが硬い。信じられないほど充溢している。まるでお伽噺のようだ。

「萎えていたら失礼だからな」

「男の人の意地ですか」

「もう言葉はいらないだろう。わしは沙苗さんが欲しい」

「わたしも先生が欲しいわ」

 二人で言い合い、着物を開(はだ)け、布団の中へ……。

「おお、もう濡れているのか」

「先生がお相手ですもの」

「嘘でも嬉しいね」

「胸も吸ってください。」

「この張りは、どんな魔法なんだ」

「愛ですよ。先生に対する……」

「ああ、この腹の感じがたまらん」

「ぷよぷよでしょう」

「十代の頃とは比べられん」

「あの頃はガリガリでした」

「あの後、少し太らせたがな。当時の老人たちの好みだ」

「今は違いますか」

「基本は変わらんが、あれだ、ダイバーシティーってヤツさ」

「なるほど」

「今夜は一度では終わらせんぞ。何度でも沙苗さんを抱く」

「上手く、お出来になりますかしら」

「それは沙苗さん次第だな」

「ならば一つだけお願いが……」

「言ってみなさい」

「行為の間、決して唯のことを思い出さないでください」

「良いだろう。だが初めてのとき、沙苗さんは初恋相手のことをずっと目の裡に思い描いていたな」

「では、わたしもその人のことは思い出しません」

「そうか。ふふふ……」

「ええ、うふふ……」

 人懐っこく二人で笑う。人は幾つになっても嘘つきな生物だ、とは、わたしの実感。

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