23 潮

 約一時間後に池ノ上先生が戻ってくる。が、わたしはまだ護摩氏の精をすべて搾り取っていない。

「降参ですよ、唯さん。毀れてしまう」

 護摩氏は言うが、わたしは止めるわけにはいかない。

「おお、面白い見世物になっておるな」

 池ノ上先生が身を乗り出して言い、目を細める。そんな池ノ上先生の表情に先生がわたしのことを愛しているのが実感できる。精神ではなく、身体の愛に過ぎないにしても……。

「駄目ですよ、護摩様。わたしは池ノ上先生のご指示には従わなければなりません」

 護摩氏は最初の二十分で三度もわたしの中に精を放つ。大量に……。もちろんコンドーム越しではあるが……。その後も衰えを知らず、わたしを困惑させる。何故かと言えば、これまでのわたしは、巧みだが、老人特有の鈍い動きでしか性を知らなかったからだ。が、護摩氏の強者振りも四十五分を過ぎると陰り始める。自力で勃つスピードが徐々に遅くなる。だからその後、わたしは手と口で護摩氏を責める。最初の体外への放出は簡単だ。護摩氏も気持ちが良かったと思う。が、それが数回繰り返されると快楽が拷問と紙一重の様相を呈し始める。けれども護摩氏の性器から出てくる液体はまだ精子。が、それが枯れれば……。いわゆる男の潮吹き状態一歩手前に達したことになる。

 一般に潮吹きは女の性の特徴とされ、オルガスムの前または最中にGスポットを刺激されたとき、女の尿道から液体が排出される現象を指す。尿と比較すると潮の方がPSA(前立腺特異抗原)、PAP(前立腺酸フォスファターゼ)、ブドウ糖濃度が高く、クレアチニン濃度が低い。また尿中PSA濃度はオルガスム後の尿の方が、オルガスム前の尿よりも高いとされる。男性の潮吹きも原理的には女性の潮吹きと同じだ。が、違う点もある。射精後しか、その状態に達せないところだ。

 護摩氏の場合、元からなのか、それとも溜め込んで来たのか、精子の量が物凄く多い。だから最後の射精に至るまで時間がかかる。池ノ上先生が閨を去る前『一時間後……』と言ったのは護摩氏の精量を見越してのことだったのだ。わたしが護摩氏を責め始め、見かけがゴリラのような護摩氏がまるで女のような悲鳴を上げ始めるには、その程度の時間が必要と見切ったのだろう。

 ……などと考えながら、わたしが護摩氏の亀頭を執拗に攻め続けると二回目の潮吹き。無色透明な液体が勢い良く宙を跳ねる。……と同時に、

「あああああ……。毀れちゃいます。毀れちゃう」

 という護摩氏の悲鳴。正確には喘ぎ声なのだろうが、わたしには悲鳴に聞こえる。

「ああ、もうダメ、もうダメです。もう出ません……」

 護摩氏が身悶えしながら必死に訴える。が、わたしの感覚ではまだ数回は逝けると思える。もっとも、それはガタイが良い護摩氏ならではのこと。身体の弱い兄に試せば最初の一回で死んだような状態になるかもしれない。

「赦してください、唯さん。本当に毀れてしまいます。あああああ……」

「駄目ですよ、護摩様。わたしがもっともっと逝かせてあげます」

 護摩氏の性癖がマゾヒストとも思えないが、今はすっかりそうなっている。それを自覚する余裕さえないかもしれない。性器の状態は絶妙で硬さと柔らかさの中間にある。男性器が勃起状態では小便が出ないように潮も吹き難い。が、萎えてしまっては性刺激が薄くなる。わたしは池ノ上先生に習った方法を試しているが、実践は今回が初めてだ。それなのに、まるで教科書に記載された通りに進む護摩氏の反応。池ノ上先生の教え方が上手いのか、それとも性のレッスンの最初に先生が指摘したように、わたしの天性が花開いたのか。

「あああああ……。きゃあーっ」

 護摩氏三度目の潮吹きと悲鳴。声の質まで女のように変わっている。それも年相応の女ではなく、女の子だ。申し訳ないが、初めにわたしが嫌悪感を抱いたゴリラのような体躯の男が少女に変わる。護摩氏にとって本日が破瓜の日なのかもしれない。初めて男に愛された女=護摩氏。

 思い返せば、わたしの場合、感情がない。

『唯さん、たった今、あなたは女になったのだ。泣くなら今しかないぞ』

 わたしの処女を奪った直後、池ノ上先生がわたしに言う。わたしは股間の痛さでそれどころではないが、

「いいえ、泣きません」

 と答えている。

 すると池ノ上先生は、

「そうか」

 とさえ返事をしない。わたしの覚悟を認めてくれたからだろう。だから……。

「ああ。ああ。ああ……。ひいいーっ、ひいーっ、あああああ……」

 本日四回目の放出で護摩氏の潮の勢いが急に落ちる。色も僅かに濁ってきたようだ。わたしが池ノ上先生に目を向けると愉しんでいるようだ。それで、わたしが不思議に思う。先生にも男の潮吹きの経験があるのだろうか。まるで処女のような悲鳴を上げたことがあるのだろうか。

 そう思いながら再度池ノ上先生を覗き見ると、

「昔のことだよ」

 という目の返事。好色な老人が好々爺の目でわたしに応える。池ノ上先生にも若い頃があったのだと思うと可笑しくなる。が、当然それはあったのだ。その頃のことならば、わたしを連れ、先生は逃げてくれただろうか。それとも答は同じなのか。

「あーっ、ひーっ、あーっ」

 護摩氏は叫ぶが、潮はまだ吹かない。次がおそらく最後だろう。その後暫く、護摩氏は性器を触る気にさえなれないだろう。

 それから数秒後……。ぴゅーっ。

 中途半端な勢いと量の潮を護摩氏が吹く。同時にブルブルと性器を震わせる。

(しまった、遣り過ぎたか)

 思わず、わたしは池ノ上先生を見るが、

「明日と明後日に使えなくなるだけのことだ。気にするな」

 微笑みながら、わたしに目で語る。

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