22 習
「確かにそうかもしれません」
「残念だが、そういうことだ」
「ところで、わたしはまだ池ノ上先生お一人しか男の人を知りません。それでもですか……」
「痛いところを突くお嬢さんだな」
「申し訳ございません」
「だが、それも想定内だ。唯さんを知るのが湯沢くんで最後だと思えば、残念な気もするが……」
「達人と素人、その二人を知れば十分です」
「申し訳ないが、唯さん、その点は今日変わる」
「えっ」
「本日のあなたの相手はわたしではないということだ。別の男を用意した。さらに言えば、これからのレッスンはみな違う男になる。それに女だ」
「女の人もですか」
「女が女を知らなければ、本当の意味で男を知ることはできんのだ。今は、そう思っておれば良い」
「はい。先生の意の儘に……」
「余裕があれば、わしも実践に参加したいが、視姦だけにしておくよ」
「ならば本日は視姦で先生を逝かせます」
「頼もしい発言だな、唯さん」
「池ノ上先生、ご直伝です」
「あっはっは。これは一本取られたわい」
それから暫くし、わたしはいつもの閨で待っている。五分ほど待たされ、池ノ上先生が連れて来たのはゴリラのような容姿の男。わたしは人を見かけで差別しないつもりだったが、心がマイナスに動いたところを見れば、それが単なる見せかけだったと気づかされる。
「名前などどうでも良いが護摩という男だ。唯さんは、これから護摩の精をすべて絞れ。一時間ほどしたら、わしが見に来る。それまでは独りでやってみなさい」
「承知いたしました」
「では護摩、後は任せる。くれぐれも言っておくが、唯さんはわしの大切な預かりものだ。激しいのは構わぬが肉体的に毀すなよ。それだけを肝に銘じておけ」
「わかりました。しかし老人、彼女のように綺麗で清楚な娘さんを自分のような者が……」
「女は見た目ではないよ。それを思い知れ」
「わかりました」
その言葉を最後に池ノ上先生が座を外す。わたしは瞬時途方に暮れるが、これもレッスンの内と諦める。
「自分の姿が好きではないのでしょう」
わたしの心の中を見透かしたように護摩という名の男がさらりと言う。
「服の外に出ている手や顔の毛の濃さや太さも、あなたはきっとダメでしょう。お顔に書いてありますよ。その点に関しては申し訳ないと謝るしかない」
「いえ、わたしの方こそ申し訳ございません。人間として最低ですよね。容姿で人を判断するだなんて……」
「見た目を不快に思われるのには慣れています。だから、お気になさらずに……。無理矢理、自分の相手を遣らされる、あなたの方がお気の毒です」
「いいえ。わたしはある人のために池ノ上先生の性のレッスンを受けているのです。詳しい事情は申せませんが、それだけで、もう異常なのです」
「死なないでくださいね」
「えっ」
「唯さんと仰るそうですが、あなたには自死の相が出ています」
「ああ……」
「ご自分ではお気づきになられなかったようですね」
「護摩さまに今、ご指摘され、やっと自覚できました。この数日間、自分の心の状態が可笑しいとは疑っておりましたが……」
「お気持ち、お察しします」
「同情ならば要りませんよ」
「もちろん同情は致しません。今のは自分の気持ちを述べたまです」
「ならば、それが同情でしょう。違いますか」
「あなたがそうお感じになられるならば同情かもしれません。けれども自分の中では……」
「同情ではないと……」
「そうです」
「護摩さんは面白い方ですね。さすが池ノ内先生のお身内というか……」
「自分なんかは末席を汚す存在でしかありません」
「危ないお仕事もお遣りになるのかしら」
「閨のこととはいえ、話せません」
「当然でしょうね。わたしも口が裂けても、ここで伺ったことを口外しません」
「信じましょう」
「わたしも護摩様のことを信じます。ですが申し訳ございませんが、行為に慣れるまでは鳥肌を立てるかもしれません。それだけは先に謝っておきます」
「不思議ですね」
「何がでしょう」
「唯さんに言われるとまるで腹が立たない」
「池ノ上先生はああ仰いましたが、護摩さんは、わたしを毀してくださって構いませんから」
「ああ、この感じなんだな」
「……」
「唯さんはご自分でお気づきになられていないかもしれませんが、男をその気にさせる空気感というか、色というか、匂いというか」
「わたしは池ノ上先生ご直伝の娼婦候補生です」
「この先、あなたが政界で暗躍すると思うと随分怖い」
「大丈夫ですよ。ご心配なさらずに……。そういった使われ方はいたしません」
「……となると、逆に残念というか」
「わたし、結婚するんです。その後は一人の男のために娼婦になります」
「なるほど。池ノ上先生の虫の居所の悪さは、そこですか」
「わたしにはわかりかねますが……」
「唯さんは笑顔も素敵ですね」
「ありがとうございます」
「どんな方かまるで存じませんが、唯さん、あなたと結婚する方は幸せだ」
「……とお思いになるのでしたら、万が一街でわたしたち夫婦に出会っても絶対に気づかないでくださいね」
「ええ、それは請け負います」
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