14 視

「どうじゃな。少しは落ち着いたか」

 池ノ内先生の別邸に来てから既に一時間近く経過している。その間、殆どが四方山話だ。世間的には異常な四方山話ばかりだが……。

「はい」

「では最初の度胸試しと行くか」

「お任せします」

「風呂に入ろう」

「お風呂ですか」

「そう風呂だ」

「でも何故……」

「わしに風呂で女を抱く趣味はないよ。少なくとも最近はな。それに歳も歳だ。心拍数が上がり、死んでしまう」

「……」

「唯さんには、見られることに慣れて貰う」

「はい」

「子供の頃を別にすれば、唯さんは裸を見られたことがないだろう」

「はい。わたしが裸を見られたのは中学校の修学旅行が最後です。もちろん周りにいたのは女性ですが……」

「唯さんがその頃に大胆な恋でもしていればな」

「今、わたしはここにいないと……」

「あの家にだっていないだろう」

「池ノ内先生が仰ろうとしている意味はわかります」

「沙苗さんに褒められたいんだろう」

「お見通しですか」

「そうでなければ、こんなジジイのところに来るはずもない」

「初めて母に、わたしは懇願されました。母も辛いのだと言われました」

「沙苗さんのその言葉に嘘はないよ。しかし唯さんに対して真っすぐに本当なわけでもない」

「それはわかっています」

「それでも母親に褒められたいか」

「先生、殺生ですよ」

「そうだな。この話は止めよう」

「ありがとうございます」

「では風呂場に案内する」

「はい」

「逃げるなよ」

「覚悟ができました」

「それはわかったが、行き成りだな」

「わたしは兄を愛しているんです」

「報われないぞ」

「それも含めて愛しています」

「身体で虜にするか」

「そんなこと、今の今まで考えてもいませんでした」

「そんな愛もあるか」

「どうか母に、このことは……」

「わしはそんなに信用がないか」

「いえ」

「唯さんを性的に調教する。わしが沙苗さんに頼まれたのはそれだけだ」

「はい」

「信用してくれるかな」

「はい」

「この先数年、面白い見世物が観られるよ」

「それを最後まで見届けたければ先生は長生きしてください」

「それは良いが、わしはもう嫉妬しておる」

「駄目ですよ」

「わかっておる。今月中に唯さんを抱けることだけを愉しみとするよ」

「本当に今日はわたしに触らないのですか」

「唯さんが望めば別だが、いや、わしにも意地がある」

「わかりました。でも、わたしが先生を触わるのはお構いなしでしょう」

「人生の辛辣さに遂に正気を失ったか」

「いえ、わたしにだって男の人への興味はあります。そのことを正直に言ったまでです」

「そうか」

 ……と強がってはみたものの、脱衣所で服を脱ぐだけのことが、わたしにはまるでできそうもない。池ノ内先生の視線を浴び、それが羞恥心を呼び覚ましたのだ。

「恥ずかしいか」

「恥ずかしいです」

「では、それに打ち勝とうと思うな。恥ずかしさを見ているものに与えてやれ」

「……」

「そんなことができるかと思っただろう。だが、できるんだよ。わしを信じなさい」

「はい」

 そう返事はしたものの、わたしには池ノ内先生の言葉の意味が理解できない。恥ずかしさで頭の中が真っ白だ。

「唯さんは綺麗だよ。自信を持ちなさい」

「はい」

 池ノ内先生にはそう返事をするが、わたしは自分の容姿に自信がない。いや、自信というものがわからない。わたしはこれまでずっと母の操り人形だったから……。

「偏のことを手に入れたいんだろう、唯さんは……。それならば、お兄さんのことだけを想えば良い」

 池ノ内先生のその言葉が、わたしの何かを目覚めさせたようだ。決意も新たに、わたしは白いブラウスに手をかける。ブラウスを脱ぎ棄てると下着に手をかけ、次にブラジャーを……

「呆れるほど綺麗な胸だな」

 池ノ内先生の言葉が、わたしにはもう恥ずかしく聞こえない。他人が、いや、兄が褒めてくれたのだ、と信じ込む。ついでスカートを下ろし、脱ぎ去るとショーツに手をかけ、やがてその場に居合わせた家族以外の一人の男に生涯で初めて生まれたままの姿を曝す。

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