7 学

(誰かと比べたことがあるのかどうか、お母さんにはわからないけど……)

 ぼくの目をじっと見つめながら、母がぼくに問いかける。

(ペニスは大きければいいってものではないけど、その点で、あなたはコンプレックスを持たなくていいわ。お父さんの持ち物と比べればまだまだだけど、十分な長さと大きさがある。だから偏、あなたはお父さんに感謝しなさい)

 母にそう求められたので、ぼくが父に感謝をする。不幸な海運事故で父が亡くなって以来、父の存在は、ぼくの中で徐々に小さくなっている。父のことは愛していたが、仕事で忙しく、スキンシップを持つ時間が少なかったせいかもしれない。ぼくの父は大柄な男で、スポーツ選手には負けるが、一八五センチの長身だ。スポーツ好きなので時間があればジムに通っていたようだが、今のぼくなら父に誘われても付いて行かないだろう。もちろん自分の病弱さによる引け目からだ。それでも世間が狭い小さな子供の頃には病弱な自分がスタンダードだと勘違いし、父に背負われ、一緒にスポーツジムへと行ったものだ。ぼくのスポーツジムでの役割は基本見学だが、それでもインストラクターのお姉さんたちが構ってくれ、筋トレの真似事なども経験する。父が水泳するときは、ぼくも水着を着て、子供用のプールでバシャバシャと泳ぐ。大抵はすぐに水を飲み、ゴホゴホと人に迷惑をかけることになるのだが……。

 四歳の夏には高熱を発し、父の車で家族が掛かり付けの医者のところまで運ばれる。幸い入院することはなかったが、父とぼくが家に帰ると母が父を怒る。幼い子供の頃のことなので正確な文言は覚えていないが、あなたに偏の面倒を見ることができないならば、誰でも良いですから、面倒を見る人と一緒にジムに出掛けてください、と……。

 母が父と一緒にスポーツジムに行ったことはないようだ。結婚する前にはデートの一環として出かけたことがあるらしいが、結婚してからはないらしい。母にも健康な人間に対する一種の引け目のような感情があるのかもしれない。ぼくと違い、欲しいものの多くを自分の才覚と才能で手に入れることができた人だというのに……。

(それはね。当然、そういった引け目はありますよ。でも、できないことはできないと認め、自分にできることをするしかないでしょ。そうでなければ、自分にはできないことを自分にもできるような形でしてみようと努める)

(お母さんは努力を惜しまない人だから……)

(愉しんでする努力は努力じゃないのよ。もちろん成果が伴わなければ口惜しさが表に出てきてしまうけど、それさえも愉しまないと……)

(ぼくはお母さんみたいに強くないから……)

(確かに、すぐそう思ってしまうようでは強くないわね。だけど人の自信なんて、案外簡単なところから得られるものなのよ)

(そうなのかな……)

(自分がしたことで相手に喜んでもらえれば、それが一番の自信に繋がる。ところで、あら、また無駄話ばかり……)

 母が可笑しそうに無言で呟く。ついで、ぼくの手を自分の身体にゆっくりと導く。

(あなたならわかってくれると思うけど、お母さんの身体は、いろいろな人の性の喜びを知っている。あなたはそれを、お母さんからから学びなさい。お母さん自身が忘れているかもしれない過去に体験した身体の喜びを、あなたがお母さんの身体を探って解き放つのよ)

 最初こそ母は、ぼくの手や舌を導き、自分の急所を攻めさせる。が、ぼくが母の身体の反応に慣れてくると、今度は自分から積極的に身体を動かすことを止めてしまう。今思えば母は痒いところに手が届かず、随分苛々しただろう、と理解できる。が、当時、初めて女体のすべてを目の当たりにしたぼくに、それがわかるはずもない。手で、指で、唇で、舌で、妖しく蠢く母の裸体を一心不乱に探り続けただけだ。それでも半時間も経つと母の快感スポットが、ぼくにも漸くわかり始める。わかってくれば、あとはそこをどう攻めるかだ。

 が、ぼくにはまだ、肝心のクリトリスの扱い方がわからない。その先のヴァギナの扱い方と挿入法は遠い彼方……。

 が、母の言葉に従えば、それらはぼくが自分で探り出さなければならないのだ。だから勇気を振り絞り、ぼくが母のクリトリスを指先で弾く。母は吃驚したように身体を弓なりに反らすが、すぐ元に戻ってしまう。だからというわけでもないが、次には舌でクリトリスを責める。男性でいえばペニスに当たる器官なのだから、どうすれば自分のペニスを気持ち良くできるかなどと考えつつ。その間、ぼくは手の動きも忘れない。自分的には小振りな母の胸をずっと愛撫していたかったが、そうもいかない。もっとも乳首については、母は舌で舐められるのが好みのようだ。ぼくにわかる限り、母は首筋よりも鎖骨が感じる。太腿よりも脚の付け根近く、お尻よりはダントツで背骨。男のぼくには不思議に思えるが足首も母は弱いらしい。そうかと思えば耳の後ろ、腋の下。足に関しては指も指の付け根も甲も裏も感じるようだ。

 いったんクリトリスを離れ……といっても時折指先で愛撫しながら、ぼくは母の多感な性感帯を探りに出かける。肩甲骨、瞼、膝の裏。左の腰から尻へのラインを舌で愉しみながら不意に右掌へ……。掌の中心を親指で優しく撫ぜ、舌でも味わう。今でもピアノを弾いているので母の指は強靭だ。掌全体も力強く、腕はしなやかだがバネの弾みがあり、それだけで生きている器官のようだ。もっとも、それを言えば母の全身はそれぞれに張りのある素晴らしい独立器官の総合体だろう。それらが時に調和し、時にバラバラに、ぐにゃぐにゃになりながら、ぼくの攻めに反応する。ぼくが怖がっていたセックスとは実はこういったものなのか。ぼくの想いが急速に広がる。自身の貧相な肉体のために長年付き合った恋人モドキにさえ、したい、と言い出せなかったセックスだ。

 ついで思ったのは、人に喜んでもらえる……ということ。それが同時に自分も喜ばせるという自覚。

 世間的に親子のセックスはタブーだろうが、年を経るに従い自分に対する自信を失いつつ育ってしまったぼくのような人間には最初で最後の自分の母による魂と肉体の救済手段だったのかもしれない。

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