5 教

 性の経験が深い者なら、その状況を種々の意味で愉しめただろう。が、性的に未熟なぼくは圧倒されるばかり。母はそんなぼくを気遣い、ぼくのペニスの爆発を少しでも長引かせようと左手の動きを僅かに弱める。が、最早遅い。

「あああ……」

 と、まるで少女のような声がぼくの口から漏れ、あっさりとぼくのペニスが爆発する。すぐさま母が右手で放出されたぼくの精液を受け止める。

 脊椎の快感とでもいうのだろうか。ぼくは恐ろしいまでの快感に襲われる。一旦爆発しても精液の流れは止まらず、二回目、三回目と放出が続く。母の右手が続けてそれを受け止めるが、さすがに量が多くなり、すぐに流れ落ちる。が、こんなこともあろうかと母が持ってきたらしいタオルに掬われ、シーツや掛布団には至らない。そして、ぼくのペニスが満足したようにゆったりゆっくりと小さくなっていく。母がそれを嬉しそうに見つめる。

 ……と、その母の目を、ぼくは過去に見たことに思い至る。どうして今まで思い出せなかったのか不思議だが、ぼくがマスターベーションを始める前のことだ。いや、正確には違うか。もしも母によるあの行為がぼくに為されなかったら、ぼくがマスターベーションを始めるまでには、もっと多くの時間が必要だっただろう。

 保健体育の教科書や性教育の映画でマスターベーションの存在と遣り方を知っていたぼくだが、頭で知ることと身体で覚えることには雲泥の差がある。もしかして、ぼくが健康な身体の中学生だったら雲泥の差はなかったのかもしれない。ぼくは何度もマスターベーションを断念している。何故かというと、ペニスの皮が剥ける感覚が痛いから……。その痛さを我慢しつつ精を放つ快感に至ろうとまで思えなかったから……。実際三度もそんな経験を繰り返すと自分にはまだ早いのだと諦めてしまう。夢精の経験があるのにマスターベーションを始めるのがまだ早いと……。

 おそらく母は、そんなぼくの状態に気づき、助け船を出そうとしたのだろう。ぼくは母にマスターベーションを習ったのだ。何故か、そのことをすっかり忘れてしまったのだが……。

 あの夜、ぼくが中学生なりに性について悶々としていたとき、母が部屋に入ってくる。ぼくの部屋に母が不意に訪れることは珍しくないが、ベッドの中で性的なことを考えていたぼくはぎょっとする。母は満面笑顔だ。上機嫌に見える。黙ったまま、ぼくのベッドまで歩み寄り、そのまま布団の中に潜り込む。ついで、ぎゅうぎゅうとぼくに身体を押し付けてくる。母の身長は当時のぼくより高い。ぼくが一六〇センチで、母が一六五センチ。だから結構圧迫感がある。が、問題はぼくがペニスを大きくさせていたことが母にバレてしまうのでないかという懸念だ。それで、ぼくは母に背中を向ける。すると母の左手がぼくの身体の前にまわる。……と同時に、母の右手がぼくの口を塞ぐ。まるで今夜と同じような経験ではないか。ハッと気づいたときには母の左掌がパジャマの上からぼくのペニスを探っている。呼吸は聞こえるが、母が言葉を発しないので、ぼくも言葉を発せない。そのうち母の登場に吃驚し、通常の大きさに戻っていたぼくのペニスが反応し始める。恋人でもない自分の母親に反応して……。

 ぼくは恥ずかしいやら、情けないやらで、もうパニック状態だ。が、そんなぼくを母の目が優しく見つめる。ついで言葉を発せず、母の口がこう動く。

(遣り方を教えてあげるわね)

 ぼくは黙って首肯くしかない。母の左掌が、ぼくのパジャマ内に侵入する。ついでパンツの中に入り、直接ぼくのペニスに触れる。ぼくはつい、ああ、と声を漏らしそうになる。あまりにも気持ちが良かったからだ。ぼくのペニスが急激に大きく硬くなったからだ。すると母の左掌が満足したかのように、ぼくのペニス全体を触る。次に母が掛布団を剥ぐ。続けてぼくのパジャマとパンツを脱がし、間接照明の下に曝け出す。ぼくは、まるで罰を受けている人のようだ。してはいけない何かの罪を犯してしまった人のよう……

 母がずるいのは単に掛布団を剥ぎ、パジャマとパンツを脱がされただけならば萎れてしまうはずのぼくのペニスの硬さを適度に保ちつつ、それを行ったこと。次にぼくを仰向けにし、ぼくの右側で自分も同じように仰向けになる。ついで思い出したようにティッシュボックスをベッドサイドから引き寄せると、ぼくのペニスを前後に扱き始める。

「痛い……」

 実際に皮が剥けるのが痛いので、ぼくは言葉を発してしまう。が、それには気づかなかったように母がぼくのペニスを扱き続ける。痛い、痛い、痛い……。ぼくのペニスの痛さは変わらない、気のせいか、赤く腫れ上がってきたようにも感じられる。が、その痛さもまだ序の口なのだ。母が一旦、ぼくのペニスから左手を離す。ついでぼく自身の左手にペニスを握らせ、その上に自分の左掌を被せる。

その形のまま、またぼくのペニスを扱き始める。扱きのストロークは最初、短い。が、徐々に長くされる。その間も、ぼくは、痛い、痛い、痛い、と、とにかく苦痛を感じている。最後に母がかなり力を入れ、ぼくのペニス……というより、その上の皮を下に引っ張ると直後ペニスに激痛。皮が破れたような感覚だ。

 痛い、痛い、痛い、ではなく、大文字の『痛い』。

 が、その先は痛みが引いてゆく。痛みが引けば後には快感が残るのみ。気づけば母の吐息が少し荒くなっている。目も僅かに潤んできたようだ。ぼくは母が最期まで左掌を添えてくれるものだと思っていたが、ぼくの快感が絶頂に達する直前に母がそっと左掌を離す。ぼくは驚いて一瞬母を覗き見るが、母は無言で、そのまま続けなさい、と目で示す。それでぼくは安心し、行為を続け、やがてペニスが大爆発。

 その爆発は、ぼくが誰か好きな人のことを頭に思い描きながら起こったものではなく、あくまでも物理的な刺激による爆発だったが、ぼくの初めて成功したマスタベーション体験となる。

 が、何故か、ぼくはその日のことを忘れていたのだ。

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