4 思

 子供なりに隠したが、当然のように母はぼくの精通に気づいただろう。が、当時、何かを言われた記憶はない。五回で夢精を終えたぼくが毎日のようにマスターベーションを繰り返したならば、身体のことがあるので、母は注意をしたかもしれない。が、その点については、こちらも心得ている。マスターベーションを当時は週に一回と決め、それを守り且つ愉しむ。想像力のない中学生として様々なシチュエーションで鈴木尚子を何度も凌辱。酷い話だ。妹の唯は未だにぼくを聖人君子と思っているようだが、ぼくは音楽室で、理科室で、プールの更衣室で、公園で、種々の方法で鈴木尚子を犯している。前夜の快感が余りに強かったときには、翌日本物の鈴木尚子の前に出て顔を赤らめたものだ。中学生の妄想期。

 付き合い始めはしたが、唯一の恋人という感覚が得られず、結果的に鈴木尚子とは別れてしまう。大学に入り、すぐのことだ。が、ぼくがもし彼女と最初の性体験をしていたなら、ぼくの人生はまた変わったものになったかもしれない。少なくとも妹を愛し始めることはなかっただろう。それ以前に母を女として愛することもなかっただろう。

 純粋に子供の頃の経験を別にすれば、ぼくが人生で最初に愛した人間が母。美人で聡明で音楽の才網も文学の才能も併せ持つ母。唯一母に欠けたのは健康面だが、それを引き算しても天が母に与えた恩恵は素晴らしい。が、母もまったく苦労をしないで現在の地位に上り詰めたわけではない。後に母は裕福な家庭の三男であった父と結婚し、家柄的にも上流階級の仲間入りを果たす。けれども母の生家は貧乏だ。音楽の才能はあったが、専門学校の学費が払えるわけがなく、母は若い頃から数人のパトロンを頼りに生き続ける。そのすべてが母を抱いたわけではないだろうが、母は自分の身を売りつつ、音楽教育を受け、奇跡的に大成する。パトロンたちの家柄が母の海外ピアノ・コンクールへの参加及び優勝を可能にし、その後のプロデビューの道も切り開く。

 ……といっても母の才能がそこまでならば、今頃母はパトロンの誰かに囲われ暮らしているだろう。ぼくも妹も、この世に生を受けることはなかったはず。が、母の才能は本物で、彼らを宥めつつ父と結婚。父の家柄を最大限に利用する。不幸な事故で父が死んだことは、おそらく母にとっては解放で、これで好き勝手に生きられる、と感じたかもしれない。もちろん母が父をまったく愛していなかったということではないが……。

 父の底抜けの明るさと家柄を感じさせない気さくさが、仕事やパトロンの相手で疲れた母の気分を癒したことは想像に難くない。父が生きている間、家にいる母はいつも微笑んでいたのだから……。証拠の写真なら幾らでもある。父が死んでから先は、特にぼくのことがあるので、母の笑顔が減ってしまう。こちらの証拠写真は少ないが……。

 当時は気づくはずもないが、あの頃、母はぼくを愛し始めたのかもしれない。妹の唯がまだ〇歳、ぼくが五歳の頃だ。それから十四年、当時のぼくは鈴木尚子と別れ、寂しい独り身に身を窶す。セックスの経験もまだだ。ぼくの家の金目当てに、ぼくの周りには、いつも大勢の女性が集まる。だから望めば、ぼくは取っ代え引っ代え、複数の女性と遊べたはずだ。が、彼女たちの目的がわかっているから、ぼくはとてもそんな気になれない。もちろん中には純粋にぼくのことを好きになってくれた女性もいただろうが……。

 けれどもその場合、今度はぼく自身が自分の身体の弱さや貧弱な体形のために気後れしてしまう。恋人にはなれなかったが、中学から高校まで五年近く付き合い、気心が知れているはずの鈴木尚子とでさえセックスに至れなかったぼくなのだ。相手に自分の身体を曝け出すことが怖いがために……。そんなぼくに知り合って一月か二月の女性とセックスができるわけがない。自分の心情を素直に曝せるはずがない。親友の湯沢洋二にだけは、いつも情けない己の心情を吐露したが、それでどうにかなるものでもない。もちろん気の良い湯沢はいつも、

「名前を教えてくれれば、いつでもオレがおまえとの仲を取り持つぞ」

 と言ってくれたが……。

 ぼくの初めてのセックスは事故だったと思いたい。あるいは、ぼくの妄想であったと信じたい。

 ぼくには滅多にないことだが、夜の街で酒に酔い、湯沢洋二に送られ、家に帰る。湯沢は翌日の朝からバイトということで、ぼくの部屋には寄らず、そのままアパートに帰る。ぼくは独り、自分のベッドで辛い息を吐く。寝ようとして目を瞑るが妙に頭が冴え、寝付けない。そのうち自分の身体の弱さと貧弱さにウンザリとし、殆ど飾り物と化していた貰い物のグレンモーレンジを独りで煽る。他にすることも考えつかないので性器を引っ張り出し、木村尚子との愉しかった思い出を振り返りながら扱き始める。

 そのときにはまだ、ぼくは母が部屋に入ってきたことに気づかない。が、衣擦れの音で、それがわかる。服を脱ぎ捨て下着姿となった母が右手でぼくの口を塞ぎ、残った右手で器用に下着を脱いでいく。ついでぼくの口を覆った右手を離し、一指し指を自分の唇の上に縦に置くと、口を利いては駄目、と言葉を出さずに口を動かす。それから先は流れ作業のようだ。母の両掌がぼくのペニスを快く刺激し、ぼくのペニスがそれに応えるように大きくなる。その様子を裸の母が目を丸くして観察する。唇を動かし、声のない声で、

(性について、あなたに自信をつけさせてあげるわ)

 と優しく囁く。ペニスを扱く手を左手に変え、身を乗り出し、母の唇がぼくの唇を奪う。優しいが強引にぼくの唇を割ると舌を入れ、ぼくの舌に絡めて来る。今までのぼくには経験がない初めてのディープキスだ。その衝撃に、ぼくのペニスが逆に萎える。が、それも一時のこと。母にされるが儘に、ぼくのペニスが復活する。ついで嘗てなかったほどに勃起する。

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