3 通

 ぼくが母を愛しているのは紛れもない事実。それだけは断言できる。が、いつの頃からか、ぼくは妹を愛し始める。家族としてではない。一人の女としてだ。もちろんその前は家族の一員として、ぼくは妹を愛している。ぼくの母への愛と、これまでの妹への愛は、大きく分ければ家族愛だろう。それに対し、現在のぼくの妹への愛は他人への愛。自覚した時は辛かったが、どうにか自分なりに受け止める。決して妹には伝えず、自分の中だけで大切に育てようと決心する。が、そんなぼくの決心が鈍る日が来る。まさかと思ったが、妹の唯も兄を愛し始めていることがわかったのだ。当時は妹に直接訪ねてはいないから、あくまでぼくの推測だが、そういった気持ちはわかるものだ。それで妹の観察を続け、遂にぼくは確信する。唯がぼくを愛していることを……。

 生まれつき身体の弱いぼくだが、人並みの性欲はある。中学校二年時と精通は遅いが、ぼくの咽から幼い子供の声が消え、大人の声が現れる。晩熟なぼくには性の知識が少ない。最初の夢精にあっと驚く。水着を着た同級生が出てくる性的な夢を見、オシッコを漏らしたと信じたのだ。何故オシッコだと思ったかといえば、水着を着た同級生がいたのがトイレだったから。それと精を放つ直前の感覚がオシッコを我慢しているときとまるで同じだったから。数回それを繰り返すと、さすがのぼくにも真実がわかる。インターネットで情報を探り、学校で受けた性教育と自分の体験がやがて繋がる。

 それ以前に中学の視聴覚室で観た性教育映画には、まるで性の実感が伴わない。精通の様子を示すアニメにしても厭らしさがない。映像で描かれたマスターベーションは性器の刺激だけで起こり、大好きな女の子や雑誌のグラビアアイドルなど出てこない。精子がペニスから出てくるときの様子も、あっさりとしたもので、ただ身体の外へ放出されて終わり。ぼくが感じた背徳的な性の快感など描かれない。

 だから初めての精通でぼくは戸惑い、それを寝小便だと信じたのだ。少しネバネバした、黄色くない、まるで病気の合図のような寝小便。明け方に精通を経験し、ぼくは吃驚して起き上がり、すぐにトイレに向かう。トイレの便座に座るまで怖くてパンツの中を覗けない。自分には無いありったけの勇気を振り絞ぼり、便座に座り、やっとのことでパンツの中身を確認する。今思えば懐かしいが、当時は顔面蒼白だっただろう。とにかく後処理をし、自分の部屋にコソコソと戻る。まるで悪事を働いた後の人のように……。その後、どうして寝られたのか不思議だが、朝目が覚めるとパンツがゴワゴワ。それでもまだ自分が漏らしたのがオシッコだと信じていたのだから、当時のぼくは相当御目出度い子供だ。既に精通を経験していたクラスの仲間は大勢いたはずだが、ぼくは彼らと性の話をしたことがない。無事大人になっても結婚できないかもしれないぼくを気遣ってのことかもしれない。それとも単に病人にする話ではないと遠慮しただけか。高校で湯沢洋二と出会うまで、ぼくには本当の意味での親友がいなかったのかもしれない。仮にいて、初めての精通の話を事前に彼らとしていれば、ぼくは自分の生涯ただ一度の精通時に、あんなに怖い思いを抱かなかっただろう。

 最初の精通のとき、夢に出てきたのはクラスメイトの鈴木尚子。彼女とは高校時代まで一緒に過ごす。夢にまで見たのだから当然ぼくは彼女のことが好きで、その好きという感覚にはもちろん人間的な意味が含まれるが、当然それ以外もある。正直に言えば、彼女の肢体。当時バスケット部に所属していた鈴木尚子には健康的で筋肉質な脚があり、ぼくの心を引き付ける。顔も可愛かったが、美人というわけではなく、話好きで愛想を振り撒くタイプだろう。最初は同じクラスだったから普通に話をしたが、彼女は誰にでも分け隔てなく接する人。互いに踏ん切りがつかなくて恋人までの関係になったことはない。が、ぼくの(そして彼女の)ファーストキスの相手でもある。もちろん家族を除いての話だが……。

 精の解放をマスターベーションに切り換えるまで、ぼくは計五回の夢精体験をする。恥ずかしいことに、その内四回まで鈴木尚子が登場する。残りの一回に妹の唯が登場したのは、当時は気づかなかったが、その後のぼくの心情変化を占うようだ。唯は当時小学校三年生だから、ぼくにはアリス・コンプレックスがあったのかもしれない。現在唯は二十二歳になるが、まだ十代前半のように見えるから、ぼくのロリコンは正真正銘ということになるか。自分では信じたくないが……。

 あのとき、ぼくがいたのは小学校のトイレ。男子トイレなのに何故か水着姿の唯がいる。ただし唯一人ではなく、後ろ姿の裸の女性と一緒に……。当時、ぼくは裸の同級生の姿を見たことがない。想像はできただろうが、ぼくが見たのは、おそらく母の後ろ姿だと思う。唯も母も特に性的な姿態を曝していたわけではないが、ぼくのオシッコを漏らす感が急に高まる。その後、水着を着たグラビアアイドルが次々と男子トイレを訪れ、朝顔の前でそれぞれが、ぼくを見ようとこちらを向く。それが数秒続き、やがてぼくのペニスが堪らず爆発。強烈な快感とともに目覚めたとき、ぼくが思い出したのは幼い唯の顔と清楚な母の腰から尻にかけての線。ぼくの夢に大勢出演したグラビアアイドルの顔など消し飛んでいる。

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