ある意味共通ルートな外せないイベント
あの日から俺は、夏先輩の顔をまともに見れなくなっていた。
何度か海に誘われたが、全て適当な理由をつけて断っている。そうこうしているうちに梅雨になり、先輩も空気を読んだのか、部活終わりに声をかけられることもなくなった。俺と先輩の間には一気に距離ができてしまったようだった。
別に、明確に拒絶しようと思った訳じゃない。結果的にそうなってしまったというだけで。
ただ単に……どうすればいいか、俺にもわからなかったのだ。
特に大きな出来事もないまま時間だけが過ぎ、梅雨が明け、いよいよ本格的な夏がやってくる。
夏休みを前に、俺の心の中では宙ぶらりんな状態が続いていた。
自分が何を望んでいるのか、何を恐れているのか、ふわふわと思考が漂い、一向にまとまらない。時間に取り残されているような感覚だ。
そんな心の内が表にも出ていたのか。ある日の放課後、俺は修に声をかけられて、珍しく二人で休憩室に来ていた。
「なんだよ話って……つーか芽多はいいのか?」
「ああ、ちゃんと言ってあるから大丈夫。それより龍、上の空っつーか、なんか元気ないだろ最近。どうしたのかと思ってな。晴も心配してたぞ」
「心配? 芽多が? ハッ、冗談だろ」
「お前の中で晴の扱いはどうなってるんだ……一応俺の彼女なんだぞ。まあそれは置いといてだな。最近、
「別に……いや、」
反射的にに否定しようとしたが、やめた。そこまでバレてるってことは、それだけわかりやすく態度に出てたってことだろう。我ながら情けない。
情けないついでに、修になら色々と話してもいいかという気持ちになった。自分でも今の状況に納得がいっている訳じゃない。いや、夏先輩との空気が微妙な感じになってるのは、ほぼほぼ俺のせいなんだけど。
「まあ、そんな大した話でもないんだが……ちょっと前に、夏先輩から相談というか頼み事をされてな。あの人はこの学園で青春っぽいことを色々経験したいんだと。で、俺はそれを手伝ってたってわけ」
「へー。青春っぽいことって、何してたんだ?」
「夜の部室に忍び込んだり、海に行ったり……そのくらいしかしてねえな」
「デートじゃん」
「いや、海っつっても帰りにちょっと足を伸ばす程度よ? 無駄に砂浜を歩いたり座ってぼーっとしたりとか。そんくらい。全然デートじゃないから」
「……まあいいわ。それで? ケンカでもしたのか?」
「いや、してない。俺が一方的に気まずくなっただけ」
「ん? どゆこと?」
「これ以上言わせるな、友よ。武士の情けだ」
「あっ……ほーん」
修はなにやら察した様子で変な顔になっていたが、それ以上追求してこなかった。俺もあんまり自覚したくないというか、言葉にしたくないので、無言を貫いた。
だが、後日。
俺は修に話したことを軽く後悔することになる。
◆
「夏合宿をするわよ!」
夏休み直前の部活終わり、唐突に(こいつはだいたいいつも唐突だが)芽多が言い放った。
「がっ……しゅく?」
「なによ友田、そのアホ面は。中身までアホになったのかしら? 仕方ないわね。合宿というのは、一つの目的のために複数人が同じ宿舎で生活を共にすることよ」
「合宿の意味くらい知ってるわい」
「夏といえば夏合宿、定番だけど外せないイベントよね」
芽多の隣で平然としている修を除く部員全員が呆然とする中で、芽多は夏合宿とやらのスケジュールをキュッキュとホワイトボードに書いていく。
「あー……待て待て。合宿って何するんだよ。こちとら運動部じゃねーんだぞ」
思わず俺が突っ込むと、芽多は心底不思議そうな顔で振り返った。
「運動部しか合宿してはいけないなんて決まりはないでしょう? 我がメタ部は、いつもと違う環境に身を置くことによって、より深い思索にふけるのよ。これは合宿でしかできないことよ」
「なんつー詭弁を……」
ふと見れば、ホワイトボードには日時に集合場所まで書かれている。ホテルの予約まで済んでるってことじゃねーか。もっと早く言えよ、予定が入ってたらどうする気だよ。
思わずジト目になってしまう俺だったが、意外にも他のメンツは乗り気らしい。
向日葵と天世は楽しそうに何を持っていくか相談しているし、夏先輩は見るからにキラキラと目を輝かせていた。
まあ確かにすごく青春っぽいもんな、夏合宿って……
「一泊二日、午前中に部活動をして、午後は自由時間よ。夜はバーベキューと花火をするから、それまでには戻るように」
「ほとんど遊びじゃねーか」
タイムスケジュールまでしっかり組んである。この分だと、バーベキューの食材にも期待できそうだなおい。呆れるのを通り越して感心するよまったく。
頭の中でぼやいていると、修のやつがこっそりと俺に向けてサムズアップしていることに気がついた。
まさかこの合宿、修が芽多に相談して開催することになったってことか……?
……余計な気を回しやがって。
しかしそう考えると、このアホみたいなスケジュールにも納得がいく。午後から自由時間ってことは、修と芽多は絶対に二人きりで行動するだろう。一年生カップルも同じだ。となると、残っているのは必然的に俺と夏先輩だけということになる。ここで俺も夏先輩と二人で行動して、仲を修繕するなりなんなりしろよということなんだろう。
「割と近場なんですね」
悶々としている俺をよそに、天世は呑気ににそんなことを言っていた。
確かに、集合場所のホテルはそこそこ近所と言える。この辺りは海に近いから、わざわざ遠出をする必要もないからな。現地集合、現地解散というのも気分的に楽ではある。
「つーかなんでホテルなんだ? こういうのは民宿とか旅館とかの方が風情があっていいだろ」
雰囲気的に、もう夏合宿に行くことは決定事項になっているようだ。俺だけ無意味に抗っても仕方ないかと諦め半分で受け入れた上で、なんとなくそう指摘した。特に意味はないが、まんまとしてやられたことに対するささやかな反抗だ。
「会議室を借りられる旅館がなかったのよ」
「会議室?」
「部活をするために必要でしょう。遊びに行くんじゃないんだから」
「ほぼ遊びに行くようなもんだろうが……つーか別に、泊まる部屋に集まってやればいいじゃん」
「それは駄目。メリハリをつけないと、だらけてしまうでしょう」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。芽多は芽多なりに、きっちり考えているということか。
「あのー、すっごく楽しみではあるんですけど……予算とかは大丈夫なんすか?」
「予算に関しては気にしないこと」
「あっ、はい」
向日葵の控えめな質問を、芽多はバッサリと断ち切った。
よく考えたら、できたばかりの変な部に、合宿に行けるような予算が出るはずがない。恐らく芽多は自分のポケットマネーでどうにかするつもりだろう。投資でかなり稼いでるって話だし。
と、そこまで考えると、半分くらい俺のために企画されたであろう今回の夏合宿、無下にはできないなという気持ちになってしまう。
ここまでお膳立てされて、それでもウジウジ言っているのはかなりダサい。
仕方ない、俺も覚悟を決めよう。
そっと夏先輩の方を見ると、一生懸命にホワイトボードの内容をノートに書き留めているところだった。
スマホで撮っとけば一瞬なのにな……なんというか、不器用な人だ。
……まあ、不器用という意味では、俺も同じかもしれないが。
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