第四章 不思議系少女とモブの恋

異世界での失敗と死 それと予兆について

天世あまよくん、死ぬ時ってどんな感じだった……?」


 後になって思い返せば。

 この時、既にフラグは立っていたのかもしれない。


 その日はたまたま、向日葵ひまわりが休みだった。メンタル的なやつが原因ではなく、単純に風邪をひいたらしい。だから部活が終わった後、天世は一人で帰る準備をしていた。そこになつ先輩が声をかけたのだ。


「えっ、と?」

「あ……ごめんね急に。何か用事があった?」

「いえ、大丈夫ですけど。死ぬ時、って、オレの前世の話ですよね」

「うん。前から聞きたいと思ってて……」


 そういうことなら、と天世は椅子に座り直した。

 ホワイトボードを消したりして帰る準備をしていた芽多や修も、なんだなんだと興味深そうに席に着く。ここで一人だけ帰るのもなんかアレな気がしたので、俺も座ったまま待機することにした。恐るべし同調圧力というか、日本人のサガというか。


「一言で言うと……悔しかったですね」

「悔しい……?」

「うーん、最初から説明するとちょっと長くなるんですけど、いいですか?」

「もちろん、いいよ」


         ◆


 天世の前世――いわゆる異世界での仕事は、戦巫女だった。これは簡単に言ってしまえば預言者みたいなものだ。神のお告げを聞いて、戦いを有利に進める……そんな感じの役割らしい。

 しかし、代々続く戦巫女には、決して他言してはいけない掟があった。それは、神の声を村の者にそのまま伝えないこと。そして、

 ぶっちゃけてしまえば、手を抜け、ということらしい。

 例えば三日後の夜、村の西側から獣が来る、というお告げを聞いたとする。戦巫女は具体的な日時を戦士たちに伝えてはならないし、罠を仕掛けるなどの具体的な対策を取ってはならない。漠然と西側に不吉な予感がするとか、そういう程度のことしか言ってはいけないそうだ。


 戦巫女は代々、その掟に従ってきた。しかし、天世はその村でも珍しい男の戦巫女だったせいか、あるいはまだ若かったせいか、掟に従うことを良しとしなかった。

 まあ、普通に考えれば、そんな妙な掟には従いたくないだろう。予言を正確に伝えないせいで、獣が襲ってくる時は必ず死者が出るのだ。天世は幼い頃に親を獣に殺されたこともあってか、この掟を巡って村の長老たちと真っ向から対立した。


 長老たちの説得を無視して、天世は正確に神の声を伝えるようになった。獣が来る方角、時間、そしてその対策、全てを完璧に仕込んだ。

 その結果どうなったか。

 獣は、来なかった。


 獣は頭が良かった。そして感覚は恐ろしく鋭敏だった。自分にとって無視できないリスクがあると察すれば、襲撃を取り止める知能があった。

 入念に準備されていることを察した獣は襲撃を見送った。天世の村は、結果的には全く被害を出さずに獣をやり過ごすことに成功したと言える。これは快挙のはずだったが……同じことが二度、三度と続くと、村人たちの間に不信感が募り始めた。


 最初に声を上げたのは、毎回駆り出される労働力のトップである、戦頭いくさがしらだった。

 彼らは普段から戦や訓練だけをしている訳ではない。むしろそちらの方がイレギュラーで、常日頃は漁をしたり、畑を世話したり、家や道具の補修をしたりと、やるべきことはいくらでもあった。

 ところが、天世が新たな戦巫女になった途端、獣の対策という名目で駆り出される頻度が激増したのだ。

 これには理由がある。

 これまでは、一度襲撃に来た獣は犠牲を出しながらも確実に仕留めていたため、次に他の獣が襲撃してくるまではそれなりに長い期間が空いていた。また、獣の肉や毛皮は大量の食料や衣類となり、それなりに村は潤った。

 ところが天世のやり方は獣の襲撃を未然に防ぐものだったため、同じ獣が何度も機を窺っては近付いてくるのだ。罠を仕掛け、待ち伏せをして、そうして準備万端に整えるほどに、いつまでも獣は襲ってこない。村の仕事をするはずだった労働力を無駄に浪費し、来もしない獣に備えて待つことを、村人はどれだけ我慢できるだろうか。


 やがて、天世のことを偽物の戦巫女だと言う勢力が、村の中で大半を占めるようになった。

 天世の言葉を聞いてくれる者はほとんどいなくなった。

 村人たちには、これまで一度も予言が当たっていないように見えていたのだから、それは当然の結果だった。


 繁殖力の強い天世たちの種族は、獣の襲撃などによって適度に間引かれなければ数が増えすぎて、やがて食糧不足に陥り全滅の危険すらある。戦巫女の掟は、そういった背景をも踏まえて作られたものだったのだ。

 だが、天世がそれに気付いた時には、もう何もかもが遅すぎた。


 その日、天世は穴を掘っていた。

 獣が来るという神の声を聞き、その方角に罠を仕掛けるためだ。

 今や手伝ってくれる者は、幼なじみの親友ただ一人だけだった。

 二人で夜通し穴を掘った。しかし、それはあまりにも頼りないものだった。

 その様子を遠くから見ていた獣は、リスクとリターンを秤にかけ――いや、もはや検討する価値もないとばかりに、か弱い二人に襲いかかった。


 天世が最後に見たのは、生きたまま獣に食われる親友の、絶望の顔だった。


         ◆


「じっと俺を見つめる親友の顔と、獣の太い尾が視界の端から迫ってきたところを、はっきりと覚えています。でも、その時オレが考えていたのは、死にたくないとかじゃなくて……ただ、悔しかったんです。なにもかも、オレが間違えたせいで……」


 おお……なかなかハードな設定を考えるもんだな。

 しかし天世の語り口は軽妙で、なかなか引き込まれるものがあった。こりゃ向日葵が夢中になるのも頷ける。


「痛くなかった……?」

「正直、覚えていません。ぷっつりと記憶が途切れてて。でも多分、死んだら光が見えるとか、神様に会えるとか、そういうのはなかったと思います」

「そっか……参考になった。ありがとう」


 何の参考だよ。相変わらず謎な先輩だ。

 でもまあ、人はいつか死ぬものだからな。死ぬ時がどんな感じかってのは、聞けるもんなら聞いてみたいっていう気持ちはわかる。


         ◆


 その後、部室を後にした俺と夏先輩は、いつものように駅のホームで電車を待っていた。

 狭いホームはガランとしていて、向かいのホームでイチャついている芽多と修をなるべく視界に入れないようにしていると、どこか遠くから救急車のサイレンが微かに聞こえてくる。今日も一日が終わろうとしていて、俺の知らないところで誰かが生きたり死んだりしているらしい。

 たいしたもんだ、という謎の感想を頭に浮かべていると、不意に夏先輩が、俺の服の肘のあたりをクイッと引っ張った。


「うお、なんすか」


 この人の距離感の詰め方は前フリがないからビビる。

 見れば、夕日に照らされたアッシュブロンドの髪がキラキラと輝きながら、風に揺れている。ガラス細工みたいな瞳、整いすぎている小さな顔、背が低くて華奢な体つきは、本当に人形みたいだ。まるでAIによって自動生成された美少女といった感じで、改めて見ると、ここまで現実感がない人間も世の中にはいるもんなんだなという気になる。今まで気にならなかったのが不思議なくらいだ。

 そんなロボットめいた夏先輩はしばらく俺の顔を見上げていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「友田くん……私と恋人になってくれない……?」


 なんでだよ。

 どういう流れだよ。

 つい最近、向日葵にも似たようなことを言われた気がするが、あの時はそれなりに意味がわかっていた。だが今回は違う。マジで唐突すぎる。


 アンドロイドは恋をするのか? 答えはNOだ。

 AIに意識はなく、そこに人の心はない。


 俺の頭の中にそんなセリフが浮かぶと同時に、ホームに電車が滑り込んできた。








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