いかにして春は夏に変わりゆくか あるいは世界について

 その後、図書館を後にした俺たちは近所のそば屋で適当に昼飯を食ってから、学園に向かった。天世は今からでも講義に出るらしい。真面目な奴だ。俺は面倒なので部活の時間まで部室で待機することにした。


 部室棟の付近は元々花壇なんかがあった場所だから、日中はほとんど人通りがない。穏やかな陽の光が窓から入り、心地よい静寂が体を包み込む。向日葵も、この静かで寂しい時間を好んでいたのだろうか。

 あいつはいつも昼休みはここにいた。無理をして社交的に振る舞っていたせいで、その反動も大きかったのかもしれない。


『……それじゃあ友達って、なんなんすかね』


 ふと、この部室を最初に掃除した時に向日葵と交わした会話を思い出す。今思えばあの時、あいつは自分が抱えていた悩みをそのまんま言っていたような気がする。それで全てを察するなんて無理な話だろうけど……何かできることがあったんじゃないか、なんて思わずにはいられない。

 そんなことを考えているうちに、暖かな陽気と寝不足との相乗効果で、俺は意識を保っているのが限界になってきていた。まあ、過ぎたことを考えても仕方がない。過去は現在に対して一切影響を及ぼさないのだから……


 ふと、涼しい風が前髪をくすぐる感覚に目を覚ますと、間近に人の顔があった。


「うわ」

「……おはよう」


 いつの間に来ていたのか、夏先輩が俺の隣に座って、至近距離で寝顔をウォッチしていたようだ。怖いわ。


「近い、近いんで、ちょっと」

「ん……」


 ガガッとパイプ椅子ごと体を引く。夏先輩は不思議そうな顔で俺を見つめていた。この人距離感バグってんのか?


「今日は早いね……それに、私服」

「ああ、講義サボってたんで」

「おー……いいね……青春だ」

「先輩ならそう言うと思ってましたよ」


 俺は苦笑しながら、改めて適正な距離で夏先輩の顔を見た。

 相変わらず人形みたいに恐ろしく整った顔立ち。綺麗過ぎて逆に影が薄いという、よくわからん特性を持っている。

 この人は不思議ちゃん系で何考えてんのかわからんタイプだが、どんなことに重きを置いているかは単純明快だ。つまり青春っぽいか、そうでないか。だから今、俺の寝顔なんぞを興味深く見つめてくれていたのも、そういうシチュエーションが青春っぽいと思ったからやってみただけなんだろう。そういうことにしておこう。


「サボったのに……部活にはちゃんと来るんだね」

「まあ、話しときたいことがあって」


 一応、本人からも言われてるしな。昨日の騒動の真相を、部員たち全員に話すってことは。


「それは……昨日の事件に関係がある……?」


 なぜかランプの魔人よろしく腕組みをして指を一本立てて聞いてきた。その仕草はどうかと思うが意外と鋭い。

 二度手間になるけど、今話してもいいか。どうせ芽多なんかは最初から察してるだろうし。


「そうですね。結論から言うと、犯人は向日葵でした」

「……そう、なんだ」


 無表情。しかしその声からは、落ち込んでいるような、覇気のなさを感じる。

 スッと腕組みを解いて真面目モードに移行したのはなんか面白かったが。

 俺は昨日の夜、天世と一緒に張り込みをしたことから、その場に現れた向日葵と話をしたこと、その内容の全てを夏先輩に話した。先輩は表情を変えずに、ただ黙って聞いていた。


「人の心は、複雑だね。私はこの部に入って、初めてそれを知ったような気がする」


 なんか急にロボットみたいなことを言い出したぞ。

 まさかとは思うが、異世界転生少年の次は心を持った人造人間とかいう展開じゃないだろうな。先輩いつも無表情だし、ありそうで怖い。

 つってもまあこの世界の科学力じゃ、そんなことはまずあり得ないんだけど。


「今日、学園をサボったのも、その関係……?」

「よくわかりましたね。天世と一緒に図書館に行ってました」

「図書館?」

「向日葵の話に出てきた亡くなった女の子が、本当に実在するか確かめに」

「……どうだったの?」

「確かに、昔の新聞には載ってました。でも、死因が違った。交通事故だったんですよ。溺死とかじゃなかった」

「どういうことだろう……」

「わかりません。ただ、確実に何かあります。なので今日は芽多にお願いして調べてもらおうかと思って」


 なんか自分で言っててアレだが推理ものみたいだな。芽多はさしずめ便利な調査屋といったところか。法外な対価をふっかけられそうだけど、まあなんとかなるだろ。


「……友田くんは、どうして桜ちゃんのために、そこまでするの……?」


 桜ちゃん? ああ、向日葵のことか。あいつ名字が名前みたいだから、下の名前を聞いてもあんまりピンとこないんだよな。

 しかし、「どうして」か。図書館で天世にも聞かれたけど、あの時は適当にはぐらかしたんだった。正直、この話はあまりしたくないんだけど……なぜだろう、夏先輩になら、不思議と話してもいいかという気になってくる。


「向日葵と俺は、似てるんですよ。他人と関わるのが怖くて……でも、それを克服しようと頑張ってる。同じような境遇だからこそ、なんとかしてやりたいって思う。俺も……その……」


 いや、これ以上は話さない方がいいな。その必要もないだろ。


「……ごめんね、話したくなければ、話さなくていいよ」

「いや……なんつーか。すんません。でも、いずれ……」


 おい、いずれって何だよ。余計なことを言うな。どうしちまったんだ俺。夏先輩の前だとちょっとおかしいぞ。


「あら、こんなところに不良がいるわ。講義はサボったくせに部活には出ようなんて、ずいぶんと殊勝な心がけじゃない」


 その時、変な空気をぶち壊すように芽多が部室の扉を開けて入ってきた。もちろん修も一緒だ。いつもは眉間にシワが寄ってしまいがちな芽多の嫌味あいさつも、今はありがたく感じられた。

 芽多と修のすぐ後ろから、天世も入ってきた。いつも制服で来ている俺たち二人が今日は私服なのを見て、芽多は何かを察しているようだ。黙っていつもの席に座ったきり、俺が話を切り出すのを待っている。


「あー……夏先輩には先に話したんだが」


 俺は改めて芽多と修に、事の顛末を語る。予想通り、芽多は意外そうな顔ひとつ見せなかった。まあ、昨日のアドリブ演技で大方予想はついていただろうからな。

 ちなみに修は前髪のせいで表情が見えなかった。いい加減、髪を切れ。


「それでだな、芽多えも~んにお願いというか、調べて欲しいことがあるんだが」

「……えもん? 何よその変な呼び方。喧嘩売ってるのかしら?」


 なんだこいつ、国民的人気漫画及びアニメをご存知ないのかよ。信じられん。

 ……まあ、主人公探しに文字通り人生を捧げてきた芽多には、一般的な娯楽を嗜む余裕なんてなかったのかもしれんが。

 と、隣を見ると、夏先輩が肩を震わせていた。軽く顔を覗き込むと、いつもなら人形のように白いはずの肌に赤みがさし、もにょもにょと口元を歪めている。めちゃくちゃウケているらしい。笑いのツボがよくわからん人だ。

 まあそんな夏先輩は置いておいて、俺は話を進めることにした。


「この記事の、桜峰さくらみねゆきの遺族と連絡が取りたい。電話番号と、できれば住所を調べてくれ」


 図書館で撮った新聞記事の画像を芽多に見せる。

 そういやあの図書館、撮影禁止かどうか確認してなかったが……まあ、一人の人間の人生がかかってるんだ。細かいことは気にしないでおこう。


「あなたねえ……私を便利屋か何かと勘違いしてないかしら?」

「お? できないのか? まあ一介の学園生には荷が重かったか」

「友田らしい、やっすい挑発ね。でもいいわ。乗ってあげる。大事な部員のためにできることがあるなら、力を惜しむ必要はないもの」

「おお、さすが芽多えもん」

「だから何なのよその呼び方は……言っておくけど、コネのあるプロに依頼するからそれなりに高くつくわよ。あなた、支払えるの?」


 プロってことは探偵的なやつかな。ただの学園生のくせに探偵にコネがあるってのもあまり深掘りしたくない話だが……まあ、期待通りと言えばその通り。


「貸し一つでなんとか」

「友田ごときの貸しに価値なんてあるのかしらね……」

「ひでえな。まあそれは冗談で、金ならなんとでもなる。やってくれ」

「ふうん……それじゃあ今日中に依頼しておくけど、いいのね?」

「ああ、頼む」


 芽多がその気になれば、拳銃くらいなら調達してもらえそうな気がしてくるな。その気にさせるってのが至難の業なんだけど。今回あっさり俺の頼みを引き受けてくれたのは、こいつなりに向日葵のことを気にかけているからだろう。主人公以外に対しては情の欠片もないような冷血キャラじゃなくて助かった。


         ◆


 その日の帰りは、眠気のあまり電車内で完全に寝落ちしてしまった。

 終点で目が覚めた時、見知らぬ駅だったのには焦ったが、それ以上に隣に夏先輩が座っていたことにビビった。何してんのこの人。

 なぜ起こしてくれなかったのか、なぜ自分の駅で降りずに一緒に終点まで来ているのか、そしてなぜ終点に着いても俺が起きるまで何もアクションを起こさなかったのか、様々なツッコミが脳内で渦巻いた結果、「なんで?」としか言えなかった。


「そうだね……この世界は、たくさんの疑問に満ちている……」

「そんな壮大な意味を込めた一言じゃなかったんですが」

「友田くん……きみはこの世界のことを……どう思う?」


 駄目だ、本気で意味がわからん。世界系ってやつか? 世界系ってなんだ? 寝起きで頭がうまく回らない。


「まあ……そこそこ、いいんじゃないっすかね……」

「……うん。私もそう思う」


 なんか正解だったらしい。


 なんだこれ?








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る