真実の既刊

 次の日、俺は天世あまよと市立図書館で待ち合わせた。

 講義? そんなもんサボりだ。

 多少サボってもダメージが少ないのは学生の特権だな。


 どうでもいいけど、夏先輩はこうやって学校をサボったりするのに憧れてそうな気がするなとふと思った。

 平日の昼間に遊びに行くとか、夜の校舎に忍び込むとか、電車で学園のある駅で降りずにそのまま乗り続けて、知らない駅まで行くとか。いかにも青春っぽい。


 そんな風にボケーっと取り留めのないことを考えていると、天世がやってきた。

 私服の天世はスポーティというか、機能性を重視したような服装だ。まさにイメージ通りって感じがする。

 天世は図書館の前に佇む俺を見つけると、若干申し訳無さそうに小走りで駆け寄ってきた。別に天世が遅刻した訳ではなく、俺が早く着いただけなんだけど。

 芽多みたいに二時間前ってほどではないが、なんか待ち合わせとか、不安で早めに来ちゃうんだよな。


「よお、天世。向日葵とは連絡取れたか?」

「ええまあ……やっぱり今日は休むそうです」

「それがいいだろうな。あいつも心の整理が必要だろうし」


 天世は向日葵と連絡先を交換していたので、念のため毎日連絡を入れるように言ってある。ないとは思うが、向日葵がまた一人で思い詰めて何かしでかさないか、確認する意味を込めて。


「しっかし、図書館とか何年ぶりかなー」

「結構人がいますね」


 平日の昼間だってのに、図書館の中はそれなりに賑わっていた。世の中には色々な人がいるんだなあとか、どうでもいいことを考えてしまう。

 俺たちはPCが並ぶコーナーに直行して、隅っこの二台を確保した。

 

「ええと……それで、何をするんですか?」

「昔の地方新聞を漁って、桜峰さくらみねゆきの記事を探すんだよ……クソ、やっぱ記事内の単語検索は無理か。なんちゅう不便なシステムだ」


 直近の新聞は現物が置いてあるが、昔のものは図書館のサーバー内に画像ファイルとして保存されているらしい。

 膨大な過去のデータの中から、桜峰雪が死んだ日……その当時の記事を探そうというのだ。一つ一つ確認していくのは骨が折れる。

 単語検索できれば一瞬で終わるような仕事だが、古いシステムでは期待薄だろうとは思っていた。思っていたが……実際その通りとなると、やっぱ面倒くさいな。

 一応、向日葵ひまわりの年齢から当たりをつければ一、二年以内で収まるから無謀というほどではないが、億劫な作業には違いない。だからこそ、今日は天世を連れてきた。


「よし、とりあえず天世はこの年の新聞から遡って探してくれ。俺は頭から探す」

「わかりました……けど、どうして桜峰さんの記事を探すんですか?」

「まずは裏を取るためだ。言っちゃ悪いが、向日葵の精神状態はかなり怪しい。あいつの言っていたことが全部本当だとは限らないからな」

「とても嘘をついているようには見えませんでしたけど……」

「本当だったとしても、何か齟齬があるかもしれないだろ。人の記憶なんてもんは、当てにならねーんだから」


 まあぶっちゃけ、俺たちにできることが他に何もないってのが正直な所だ。

 今の向日葵にしてやれるのは、それこそ応援することくらいだからな。

 だが、放っておくだけでなにもかもが解決するようなシナリオなんざ三流以下だ。自分で行動することで初めて道は開ける。多くの場合はな。

 ……とか言っても、結局のところは俺の直感に過ぎない。何かあるような気がするっていう、ただそれだけのことで、こうして面倒な作業をしている。何かをしていないと不安だから、行動しているとも言える。自分のためなんだよな、結局。


「……先輩は、どうして向日葵さんのためにここまでするんですか? ひょっとして先輩も向日葵さんのことを……」

「あーよせよせ、そういう青春っぽい思考はお門違いだ。すげーどうでもいい理由だよ。そんなことより手を動かせ。今日中に終わんねーぞ」


 細かい文字を目で追う作業は思いのほか疲れる。

 事故や死亡に関する記事だけを探せばいいので見出しで判断はつくが、仮に見落としがあった場合、どこで見落としたかなんてわかる訳もない。なので慎重にならざるを得ないのだ。

 時折休憩を挟みながら、しらみ潰しに記事を探していく作業は昼過ぎまで続いた。

 どうしてこう、興味のない文字列を眺めていると恐ろしいほどの眠気が襲ってくるんだろうな。特に昨夜はあんなことがあったおかげで睡眠不足だから、余計に辛い。

 集中力が切れかけてきたことを自覚する頃、隣で俺と同じように前傾姿勢でモニターを凝視していた天世が声を上げた。


「あっ! これ……いや……あれ?」

「見つけたか?」

「……と思ったんですけど……なんか違うような」

「なんだよ、見せてみ」


 いまいち煮え切らない返事をする天世にくっつくようにして肩を寄せて、俺は隣のモニターを覗き込んだ。


『――日の午前7時頃、甘鳴市内の交差点で近くの小学校に通う桜峰雪さん(7歳)がトラックにはねられ、その後搬送先の病院で死亡が確認された』


「……んん?」

「同姓同名の別人……とかですかね」


 名前は合っている。年齢も。しかし、事故の原因が違う。向日葵が言うには、桜峰雪は流されたぬいぐるみを探すために川に入って亡くなったはずだ。


「ちょっと調べてみるか……甘鳴市のこの交差点……ああ、やっぱり。駒北第三小学校の近くだ。事故原因以外は全部合ってる。これで人違いはないだろ」

「でも、だとすると意味がわかりませんよ。向日葵さんはどうして川で亡くなったなんて言ったのか……」

「何か理由があって、そこだけ嘘をついたか……あるいは」

「思い違いをしている?」

「だな。解離性健忘っつって、心を守るためにトラウマになるような出来事を忘れちまうことがある。あいつは当時の出来事を忘れた後、辻褄が合うようにストーリーを自分で作り変えちまったのかもしれない」

「待って下さい、だとすると……」

「まあ、ここで何を議論しても全部妄想の域を出ない。ここから先は更に踏み込んだアプローチをするしかないだろ」

「踏み込むって……どうするんですか?」

「困った時は芽多えもんに頼むんだよ」

「芽多……えもん? なんですか、それ?」


 くそ、異世界転生少年にはこのネタは通じなかったか。








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