異世界転生者の恋愛相談

 天世あまよまことは、こことは違う異世界から転生した人間だった。


 その告白はメタ部の中で、なんとなーくゆるーい感じで受け入れられた。


 誰も否定しようとする者はおらず、むしろ天世の話を興味深く聞くような雰囲気があった。ただし、本気でそれを信じた者は誰もいなかっただろうし、天世自身もそれは承知していただろうけど。


 そもそもそれが本当か嘘かなんて、確かめる方法も必要もない。

 俺たちはもう子供ではないのだから、「それは作り話だろう」なんて無粋なことを言わなくていいのだ。

 ある意味、幽霊が見えると自称する人の話を面白半分で聞くような感覚だった。

 もう子供ではないというのは天世自身についても言えることで、自分の話を娯楽的に受け取られるのが嫌なら、そのうち口を閉ざすだろう。俺はそう思っていた。


 天世の異世界転生者カミングアウトからしばらくの時間が経ったが、特に大きな変化はなかった。あいも変わらず講義と部活の毎日だ。

 だがしかし、小さな変化はあった。


 芽多は修と付き合うことになった後も、週に数回の手作り弁当デイを続けていた。

 俺もその日は気を利かせて、一人で部室に行ってコンビニ弁当を食うのが恒例になっていたのだが……部室で向日葵ひまわりと出くわすことがほとんどなくなった。

 どうも向日葵は天世の異世界話に興味津々らしく、最近はよく一緒に昼飯を食いながら話を聞いているらしい。

 陽キャっぽい見た目なのに昼はボッチ飯だったりと、ずいぶん外見と内面にギャップのある奴だったが、一緒に昼休みを過ごせる仲間ができたのは喜ばしいことだ。

 ま、一年は一年同士で仲良くしてて結構なことだね、俺は一人だけどね、と少しだけ寂しい昼休みを過ごしながら思うのだった。


「友田先輩、ちょっとお話いいですか」


 そんなある日、部活が終わった後、俺はなぜか天世に呼び止められた。

 いつも真面目な表情が、今日は更に硬い。なにやら深刻な様子だ。俺も特に用事はなかったので、素直に頷いて本館の休憩所に場所を移した。

 休憩所に人はまばらだったが、念のためパーテーションを動かして適当に半個室っぽい空間を作る。机越しに向かい合う天世は、意を決したように口を開いた。


「実は……最近、向日葵さんがよくオレの話を聞きに来るんですが」

「あー、あいつ異世界物語が気に入ったらしいな」


 おっと、無意識に「物語」とか言っちまったが……天世は特に気にしていないようだな。良かった。というか、それどころじゃないって感じだな。


「最初は嬉しかったんです。前世の記憶とはいえ、オレにとっては自分の半生みたいな思い出ですから。それを興味深く聞いてくれるっていうのは嬉しいもんです」

「ふむ……『最初は』ってことは?」

「ある時ふと、思ったんです。向日葵さんはオレの前世に興味があるだけで、今のオレ自身のことは何とも思ってないんだよなって。別にそれは悪いことじゃないはずなんですけど……なんかこう、それを意識し始めると胸がモヤモヤして」

「ほう」


 これはもしや……恋バナか? 異世界恋バナなのか? いや、異世界要素あんまりないけど。


「こんなこと初めてで、どうすればいいのか……前世のことを誰かに話したのも始めてですし、なんていうか……心が不安定というか。自分で自分の内面がよくわからないっていうか……」

「なるほど。ところで向日葵に話を聞いてもらってる時は、楽しいのか?」

「ええ、それはまあ、楽しいですね」

「向日葵の姿を見た時とか、あいつが近くにいると、嬉しい気持ちになる?」

「なり……ますね」

「それはねえ、恋だよチミ」

「恋……ですか?」


 なんちゅうテンプレな反応だよ。初々しすぎて俺もなんか茶化した感じにしないと持たないぞこれ。


「誰かを好きになるのは初めてかね?」

「一応、恋愛がどういうものかは知ってるつもりですけど。当事者になったことはないですね」

「じゃあ初恋ってやつだなあ……すげえなおいその歳で初恋かよ。俺もこの歳で初恋とかいう青々とした単語を口にするとは思わなかったよ」

「え、それってつまり、オレが向日葵さんに恋してるってことですか?」

「うん……そうだね。なんだろ、こっちが恥ずかしくなってきちゃった」


 こういうところで無知な異世界転生者感出さなくていいんだよ。まさか学園生にもなって初恋の相談をされるとは思わなかったな。ひー、熱い。汗出てきた。


「そうか……オレ、自分の話を聞いてもらってるうちに、向日葵さんに好意を抱いていたんですね。ええと、こういう時は……告白、とかするんでしたっけ」

「いや、待ちたまえ。これは俺の知り合いの恋愛勝者が言っていた名言だが……告白が許されるのは高校生までだ!」

「そ、そうなんですか?」


 いや、しらんけど。俺自身に経験がなさすぎるからね。だがまさかこんなところで芽多の特別恋愛レッスンが生きてくるとは思わなかったぜ。


「えーとなんだっけな。大人の恋愛はそういう出たとこ勝負みたいなことはせずに、距離感をこう……うまいこと詰めてってだな、そこはかとなくいい感じになっていくのが大事なんだそうだ」


 やべえ、あんまり覚えてないからふわっとした感じになってしまった。まあ大体合ってるだろ。


「なるほど……言葉にするのではなく、態度でそれとなく気持ちを匂わせていって、相手にも自分を意識させていく……ということですね?」

「理解力すごいね」


 天世は俺の適当なアドバイスから自分で色々と理解したらしく、礼を言って去っていった。そういや異世界では恋愛とかしなかったのかね。その辺も突っ込んでおけばよかったか。まあ経験がなければそういう設定も作れないかもしれないが。


 その後、天世は俺のアドバイスを活かして向日葵とうまくやってるようだった。休日に二人で出かけたりもしたそうだ。

 天世は俺に何か恩義のようなものを感じているのか、そんなことを逐一報告してくれていた。俺としては芽多の受け売り未満なアドバイスを伝えただけだから、マジで何もしていないんだけど……まあいいか。


 しかしその後、俺は別の人物から予想外の相談を受けることになる。


         ◆


「友田先輩……お願いがあるんですけど。ちょっとの間だけ、あたしと付き合ってるってことにしてもらえないっすか?」


 昼休み、久しぶりに部室で鉢合わせたピンク髪の少女こと向日葵は、突然そんなことを言い出した。


「え、嫌だけど」

「即答!? ええー……ひどい」

「ひどいも何も、普通に嫌だろ。何言ってんのお前。俺が向日葵と付き合ってるフリすることに何のメリットがあるんだ?」

「そ、そこまで言いますか……なんかちょっと自信なくすっす……あたし自分のこと、ちょーっとだけ可愛いんじゃないかなって思ってたんすけど……」

「いや普通に可愛いとは思うけどさ、それよりまず事情を話さんかい。そして俺に対して失礼なことを頼んでいるという自覚を持ちなさいよ」

「う……それは……」


 向日葵は机の上でもじもじと手を合わせながら、上目遣いに俺を見る。

 まあ、事情を話せとは言ったものの、なんとなく察せるけどな。ここ最近で変化があったことなんて、天世のことくらいだろうし。


「実は、真くんが最近結構グイグイ来てまして……」

「うん」


 やっぱりそういう話だったか。


「あからさまにあたしのことを……好きっぽいというか……」

「いいじゃん青春じゃん」

「こ、困るんすよ……」

「天世のこと嫌いなのか? 生理的に受け付けないとか?」

「全然、そんなことないっす。カッコいいと思いますし」

「それなのに、恋人がいるフリをしてまでお断りしたいと。何でだ?」

「あたしはただ、真くんのお話が好きで、色々聞きたいだけなんすけど、それで何か勘違いさせちゃったとしたら悪いなって」

「それなら本人にそう言えばいいじゃねーか」

「告白もされてないのに、そんなこと言えるわけないじゃないっすか。それでお話が聞けなくなるのも嫌だし……」


 先手を打って感じ悪いと思われるのも嫌だし、興味のある話を聞けなくなるのも嫌だと。意外と打算的というか、身勝手だな。まあ俺も人のことは言えないが。


「つーか別に、告白されてないんだから、いつかされるまでなあなあにしとけばいいんじゃない。蝶のようにヒラヒラかわしとけよ」

「あたしには無理っす」

「じゃあもう試しに付き合っちゃえよー面倒くせえなー」

「め、面倒くさいとかひどい」

「付き合ってみてやっぱり無理だったら別れりゃいいじゃん。お友達に戻りましょっつって。それじゃあダメなわけ?」

「駄目っすよ……あたしなんかが誰かと付き合うなんて……」

「ていうか俺はいいのかよ。恋人のフリをするのはよー」

「友田先輩は別っす。だって先輩は、絶対にあたしのこと、好きにならないでしょ」


 こいつ……


「あたしだけじゃない。先輩は、みんなのことを平等に、どうでもいいと思ってる。どこか高いところから見下ろしてる。いつも冷めた目をしてる。……どうしようもなく、遠いところにいる。そんな感じがするんすよ」


 ……なんだよ、急に知ったような口を利くじゃねーか。天然キャラみたいな感じ出しといて、しっかり他人のことは観察してますってか。


「それなら、俺に相談するのはやめとけ。そういうのは自分で解決するもんだ。だいいち、偽の恋人なんて方法で天世を遠ざけてみろ、真相を知った時、あいつは落ち込むぜ。なにせピュアな初恋だからな。それはそれは深く傷つくだろうよ」


 やべ、初恋とか余計なこと言っちまった。でもまあ、一応効果はあったようで、向日葵は俺の言葉をそれなりに重く受け止めているようだ。


「まあ、そんなに焦って結論出すような話でもないだろ。デーンと構えといてさ、いざその時になってやっぱり困るようだったら、芽多にでも相談しろよ。な?」

「……そう、っすね」


 うーん、全然納得してない感じだったが、とりあえず今日のところはこれでおしまいということになった。無理やり先延ばしにした感は拭えないが、俺と偽の恋人同士になるよりは何倍もマシだろう。んなことやったってロクなことにならないって分かりきってるからな。


 これにて天世と向日葵のあれこれは一件落着した……かに見えたのだが。

 それから少し経ったある日、その事件は起きた。


         ◆


「あれ、夏先輩。どうしたんですか」

「……ん」


 ある日の放課後。

 部室に向かうと、いつも一番乗りの夏先輩が、その日はなぜか外でボケーっと突っ立っていた。

 俺が声をかけると、黙って部室の中を指差す。

 ドアは開きっぱなしになっていた。


「え、なに? なんすか? ってこれは……」

「……私が来た時には、こうなってたの」


 まず目に映ったのは黒。

 乱雑に倒れ重なったホワイトボードや長机、壁や窓、さらには天井にまで、真っ黒な何かがこびりついている。

 部室の中は、黒い嵐が通り過ぎたように荒れ果てていた。








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