第三章 異世界転生者と花の少女

天世真の告白

 前回のによって見事恋人同士となった芽多と修だが、聞いた話によると、芽多が連れ戻されるという話はなかったことになり、なぜか修は学園卒業後に会社を立ち上げることになったらしい。

 恐らく一億円がどうのという話の延長線上なんだろうけど、また巻き込まれると面倒なので深くは聞いていない。おおかたメタママに認められるために、自分で会社を作ってあなたを超えてみせますよ的な流れでもあったのだろう。しらんけど。

 そして芽多からは後日、そっと高級そうな菓子折りをもらった。無言で。

 なんか怖かったので、昼休みに部室で向日葵ひまわりと一緒に食った。普通にうまかった。


 そんな一大イベントを乗り越えた二人だが、大っぴらにイチャイチャするどころか本当に付き合ってんのか? ってくらい今までと様子が変わらない。机の下で手を繋ぐくらいしてもバチは当たらないだろうに。


 さて、それはともかく今日も今日とて部活である。


「――を踏まえれば人間の認識や記憶のみが過去を切り出しているように思えるけど、実際は未来に発見される証拠によって過去が……」


 いつもと変わらぬ様子で芽多がなにやら熱弁を振るっている。思考実験は興味深いものもあるが、難しいものはやっぱり難しいので眠くなってしまう。仕方ないね。


「……ちょっと、込み入った話になってしまったわね」


 話に区切りがついたのか、芽多が部員たちを見回してから呟いた。

 明らかに関係ないことを考えてボケっとしている俺はともかく、向日葵なんかはぐらぐらと頭を揺らし始めている。

 話の入りは良かったんだけど、途中から何が何だかわからなくなってきたのは俺だけじゃなかったようだ。


「少し、話題を変えましょうか。今日話した過去についてのお題にちなんで、私の昔話……少なくとも私が記憶している過去について聞いてもらおうかしら」


 修と付き合い始めた影響かわからんが、これまではほとんど『芽多先生による思考実験の講義』って感じだった部活動は少し色を変えた。

 砕けた雑談をしたり、部員たちに話を振ってディスカッションのような形を取ったりすることが多くなってきたのだ。俺としては理解できない話を延々と聞かされるよりはよっぽどいいので、この傾向は歓迎している。


 そして今、芽多が語っている昔話は、真相を知っている身からするとかなり恣意的に省略された部分――この世界が恋愛ゲームの中だという天啓を得て主人公を見つけるために転校しまくったこととか――はあったものの、やり手の実業家である母と父の背中を見て育った話はなかなかに興味深かった。

 幼い頃からお小遣いを投資に回して増やし、その金で今まさに学費を払いつつ一人暮らしをしているというのはかなり驚いたし、多分これは嘘じゃないんだろうなと思えた。


「これで、私の話を聞いたあなたたちの意識の中に、私の過去が生成されたと考えると少し面白いわね。今この瞬間しかない私たちにとって、過去の記憶というものはそれが本物か偽物かを問わず、大切なものよ。そう考えると、過去を共有して分かち合うというのはずいぶん神秘的なことに思えてこないかしら。良ければ他にも誰か、過去を共有しようという人はいない?」


 芽多の問いかけに対して、部室内の空気は沈黙で答える。

 これは部活に限らず講義なんかでもそうだが、誰か意見はないかと言われても、率先して手を挙げるのは難しいものだ。この国の人間特有の性質かもしれないが。

 しかしそんな微妙な空気を断ち切るように、スッと手を挙げた人間がいた。物静かな一年男子、天世あまよまことだ。


「いい機会なので、これまで黙っていたオレの過去について話そうと思います」


 こいつは一番最初の顔合わせの時に一瞬だけ変な発言をしたが、それ以降は単なる真面目な奴だった。むしろ部内で一二を争う良識派というイメージすらある。今もせっかくの芽多のフリに誰も応えないのは忍びないという善意で手を挙げたのだろうと思ったのだが……


「実はオレには、こことは別の世界の記憶があります。前世っていうんですかね、異世界で生活していた記憶がハッキリと残っているんです」


 その発言に、俺たちは一瞬理解が追いつかなくなってしまった。

 これを修が言ったのなら、また適当なこと言ってるなで終わっただろう。

 しかし当の発言者である天世は、完全に真面目くさった顔を崩そうともしない。俺たちの間に困惑というか、どうするんだこれという空気が流れていく。


「……いきなりこんなこと言われても、妄想とか中二病とか思いますよね。信じられなくて当然です。でもオレには、本当に生々しい記憶が残ってるんです。とても妄想とは思えないくらいにリアルな記憶が。……最初はずっと黙っていようかと思ったんですけど、芽多先輩の話を聞いているうちに、オレのこの記憶も突き詰めればあり得ない話じゃないんじゃないかって。それに……本物でも偽物でも関係なく、やっぱり大切なオレの記憶だから、皆に知っておいて欲しいと思ったんです」


 あー、なるほど。最初の顔合わせの時の意味不明な第一声は、この伏線だったというわけだ。ずいぶん設定を寝かせたもんだな。

 つまりこいつも芽多と同類ということか……

 ……マジで? こんな変なやつが二人も同じ部にいるとかある? 恋愛ゲームのヒロインの次は異世界転生者かよ。それなら次は超能力者か?


「面白いわね。そのお話、もっと聞かせてもらえるかしら?」


 俺の当惑をよそに、芽多が同類に食いつくのは必然的な流れだった。まさかとは思うが芽多よ、これもお前の仕込みじゃないだろうな。


「真くん、なんていう世界から来たんすか!?」


 ついでに向日葵もノリノリである。こいつは純粋に面白がってるだけだろうけど。


「世界の名前はわからない。オレが住んでいたのは湖畔の小さな村で……オレにとってはそこが世界の全てだったから」

「その村の名前は? というか、言語は一緒だったのかしら」

「言葉は完全に別ですね……ただ、文字はなかったし、この体だと発音が難しいんですが……無理やりこっちの言葉にしてみるなら、村の名前は『セラ・ケレ』みたいな感じですかね」


 なんかフランス語みたいな発音だな。鼻母音とか言うんだっけか?


「この体ではということは、そちらの世界の人間は姿が違うのかしら?」

「基本的な形は似たような感じです。指の数は四本でしたけど……ただ、表面的な見た目はかなり違います。グレイタイプの宇宙人ってあるじゃないですか。あれをもう少し人間に近づけて、口を思い切り大きくして、肌を爬虫類みたいな感じにしたものを想像してもらえれば大体合ってるかと」

「ふうん、人間寄りのリアルなリザードマンといった感じかしらね……」

「尻尾はありませんでしたけどね。今思えば確かに、爬虫類的な生物から進化したんじゃないかと思います」

「何を食べてたんすか?」

「湖の魚と、麦みたいな穀物かな。あとはたまに鳥や獣とか」

「モンスターハントみたいなやつっすか!」

「いや、積極的に狩りをしていた訳じゃなくて、こちらでいうライオンやヒグマみたいに凶暴なやつが時折ふらりと村に現れるんだ。あれは本当に命がけだった。村の住人全員で力を合わせてどうにか退治しなければ、全滅するしかない。獣に襲われて住処を追われた他の村の奴らが野盗のようになって、オレたちの村を襲ってくることもあった。ある意味、毎日が戦いだったな」


 よくある冒険者ギルドで討伐クエストを受ける的な世界観じゃないのか。なかなかシビアな設定だ。


「ライオンやヒグマみたいな獣をよく撃退できたね……」


 おっと、ついに夏先輩まで乗っかり始めたぞ。まあ創作だとしてもこういう話は面白いからな。かく言う俺もちょっとワクワクしている。


「この世界の人間よりも身体能力が高かったからでしょうね。一応、爪と牙もありましたし……それにオレは戦巫女いくさみこでしたから」

「巫女って、魔法とかあったんすか? ていうか真くん、女の子だったの!?」


 巫女という言葉に向日葵がテンション高めに食いついた。

 ここでちょっとファンタジーな設定を出してきたか。まあその方が面白いもんな。


「いや……魔法はないし、オレは男だったよ。本来はごく一部の女性にしか聞こえないはずの神の声が聞こえたから、戦巫女って役職に就いただけで」

「なんだぁー、魔法はなかったんすねー」

「神様の声が……聞こえたの……?」

「聞こえるというか、どちらかというと繋がるような感覚でした。獣が来る時とか、他の部族に襲われる時とか、なんとなく事前にわかって。それで、どうすれば対応できるかをオレが具体的に指示するっていう、そういう役目でした」

「未来予知、あるいは危険が近づいた時にだけ情報を引き出せるアカシックレコードみたいなものかしらね」

「どうなんでしょうね。あの頃は単にそういうものだと信じて疑問にも思いませんでしたが……この世界で言う神とはまた違うような気もしますね」

「その神様の名前はなんていうのかしら。それとも神様にも名前はなかったとか?」


 いつの間にか芽多が話の主導権を握っていた。こいつは本当に天世の話を信じている訳ではないだろうけど、創作であることを追求してやろうという感じでもない。単純に話を膨らませようとしているだけのようだ。


「いえ、名前はありました。メタハゥール・ケレォ……全知を司る光と戦の神。村の皆はメタと呼んでいました」


 うーむ……伏線回収だな。








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