メタな彼女と修羅場の真相

 メタママの言葉を要約すると。

 芽多のやつは昔、主人公を探すとかいう意味不明な理由で転校を繰り返す対価として、将来メタママの仕事を手伝う約束をしていたらしい。

 よくわからん子供の望みをそっくりそのまま叶えるなんて普通の親ではあり得ないが、芽多の能力の高さに目をつけてマジの契約みたいなことをしていたメタママは端的に言ってヤバい。まさに芽多の母親って感じだ。ヤバさが遺伝している。


 まあそんなヤバい親の援助の甲斐もあって芽多は主人公的ポジションの修をようやく見つけたわけだが、どうやら契約が完了した時に、それまでにかかった費用を支払うということになっていたらしい。その金額、なんと一億円。

 修が芽多と将来一緒になるというなら、あなたたち二人でこれを支払いなさいよ、と。そういう話になっているらしい。


 うーむ? こうして整理してみると、なんか話が変じゃね?

 芽多を連れ戻すって話が、いつの間にか一億円払えって話にすり替わってる。

 そもそも一億とかいう金額はどこから出てきたんだ?


「あのー」


 いきなりとんでもない額を支払わなきゃならなくなったっぽい二人が黙りこくってしまったせいで、深海のごとく沈んでしまった空気に耐えかねた俺が恐る恐る手を上げると、全員の視線が集まった。やめて見ないで。


「一億円っていうのは、どこから出てきた数字なんすかね……?」

「あなたには関係ないでしょう、付き人くん」

「いや、そうなんすけどね。ちょっと気になって。転校を繰り返したって言っても、そんなかかんないでしょ? 今の時代だと子供一人を育てるのにかかる金額って、多くてもその半分くらいじゃないですか。それにプラスしたって、一億ってのはちょっと盛り過ぎじゃないっすかね?」

「……利子と、報酬を加えればそのくらいになるという概算よ。あと晴に付けてるお手伝いさんの給金とか」


 とんでもねー高利貸がいたもんだなオイ。しかも身内に。

 どうもうさんくさいぞ。メタママ、今適当に考えて喋ってないか?


「まあ、それならそれでいいです。でも別に、今支払う必要性は全く無いですよね? 芽多がその契約? をしたのって、中学とかの頃でしょ。子供が即出せる金額じゃないってことくらい分かっていたはずでは? それなら、二人がおたくの会社で働くなりなんなりしながら、その給料で少しずつ返していくっていうのが現実的なんじゃないすかね?」

「……」


 あっヤバい、メタママの視線がすげー鋭くなってる。射殺されそう。


「……あなた、コーヒーが飲みたいわ」


 しかし次にメタママが発した言葉は、全然関係ないことだった。話しかけられた隣のメタパパは「いつものやつ?」などと言いながらスッと立ち上がって歩いてくる。そしてそのまま俺の肩に手をポンと置いた。


「龍くん、ちょっと買い出しに付き合ってもらえないか」

「はあ……?」

「少し休憩にしよう。さあ」


 有無も言わさず俺はメタパパに連れ出される。これはまさか……そういうことか。


         ◆


 部屋を出て廊下を歩いている間、俺たちの間に会話はなかった。

 しかしエレベーターに乗った途端、メタパパはフーっと大きなため息をついた。


「……悪かったな、無理に連れ出して。ていうか君、本当になんで来たの?」


 メタパパの態度が一気に砕けたものになる。今まで猫を被っていたのか? あんまり喋らなかったし、単に寡黙な人なのかと思っていたけど、どうやら違ったらしい。


「俺が聞きたいくらいなんですけど……ていうか今日俺も一緒に来るってことは芽多から聞いてなかったんすか?」

「なにも。男の子が二人入ってきた時はびっくりしたよ」

「あいつ……」


 わざとかと思ったが、単にそこまで気が回らなかったのかもしれない。まあ俺がいてもいなくてもあんまり関係ないからな。


「妻は別にコーヒーにうるさい訳じゃないんだけど、輸入食料品店のやつが気に入っててなあ。あの店、この近所にはないから電車で行くけど、付き合う? そのまま帰っちゃってもいいと俺は思うけど」


 タクシーじゃなくて電車ね。なるほど。


「やっぱり、あの場から俺を外すのが目的でしたか」

「まあね」


 悪びれもせずにメタパパは肩をすくめる。その仕草が妙に似合っていて若干腹立たしい。


「ひとつ聞きたいんすけど」

「なにかな」

「あんた、本当に芽多の父親ですか? ていうかあの女性も」


 俺がそう言うと、メタパパは吹き出すように笑った。


「うはは、君、鋭いね。でも僕らは晴の本当の両親だよ」

「ふーん」

「お、信じてない?」

「鋭いねってことは、俺の想像がだいたい当たってるってことっすかね」

「どんな想像?」

「今日の顔合わせ的なやつは最初から全部、芽多に仕組まれてたっていう」

「まあセッティングしたのは晴だから、そういう意味では間違っちゃいないな」

「じゃなくて……この町にあんたたちが来たのも、芽多からの要望でしょ。今日のシナリオを書いたのも多分、あいつだ」

「うはは、正解」


 お? 予想外にあっさりと認めたな。

 まあ今日の話し合いは、途中から明らかに話の流れがおかしかった。芽多に非はないはずなのに、まるで芽多が責められているような空気感。そして芽多はいつものあいつらしくなく、ただそれを受け入れるだけだった。


「芽多がどれだけ攻めても修の鈍感系主人公補正のせいで関係が進展しないから、最後のひと押しのために今回のを用意したってところですか」

「……君、実は探偵さん?」

「ただの学園生ですよ……つーか話の流れが明らかに変だったし」

「まあ確かに。だいぶ予定外のことがあったしね……でも、それに気づく人間は少ないはずなんだけどな。妻の空気感を作る力はずば抜けてるから、大体は雰囲気に飲み込まれる。ちょっとした矛盾には気づかない」

「ちょっとしてましたかねえ」

「ふむ……君はまるで俯瞰でものを見てるみたいだな」


 芽多は今回のイベントに賭けるつもりだった。両親に協力してもらい、修に圧をかけて本音を引き出すつもりだった。

 ところが誤算があった。それは俺だ。

 俺が事前に修を覚醒させてしまったから、段取りがめちゃくちゃになった。

 芽多もメタママも、まだ話の序盤なのに修が芽多と恋人関係になりたいとか言い出した時は内心動揺していたに違いない。これから進めるつもりだった茶番がまったく意味のないものになってしまうのだから。

 メタママは頑張ってアドリブで場を回そうとしたけど、俺がその不自然さを指摘し始めたもんだから、とうとう実力行使で俺を排除することにしたというわけだ。

 正直すまん。

 でも俺をあの場に連れてくることを承認したのは芽多だからな。全部お前が悪い。お幸せに。


「素直な疑問なんすけど」


 メタパパと会話をしながら俺は既に、改札を通り抜けていた。こうなりゃ最後まで付き合うしかない。なんとなく俺にも責任があるような気がするし。


「父親的には、娘の話をどこまで信じてるんですか?」

「話って言うと?」

「この世界がゲームだっていう」

「うはは、それ友達にも言ってんのか。ヤベーな」


 あんたの娘だろうが。ヤベーのは確かだけど。


「さすがに信じられんけど、面白いとは思うよ。晴は本気で信じてるみたいだし、それで尋常じゃない行動力を発揮してるんだから、親としては応援したくなるだろ」

「そういう妄想を矯正してくのが親の仕事だと思いますけどねえ」

「まだ若いのに固いなあ。人間ってのは、本当は自由なんだぜ。忘れてる人が多いけどな。何を思おうが、どう行動しようが、どこまでも自由なんだ。どこへ行ってもいい。好きなことをすればいい」

「でも、そうはいかないでしょ。社会の中で生きるなら」

「現実的にはそうなんだよな。だからこそ俺たちは、せめて今のうちに教えておきたかったんだ。自由ってやつをさ」


 なんか格好いいことを言ってる風だが、無責任だな。それで子供の人生が歪んだらどうするんだ……って別に子育て談義をしたい訳じゃなかった。


「結局、今日の話し合いは仕切り直しっすかね。俺のせいかもですけど」

「いんや、大丈夫。今まさにイベントが佳境に入ってるってところだろ。あいつ結構ノリノリだったし、今どきの恋愛系の小説とか読んで予習してたくらいだから、うまいことそれっぽい空気を作ってるはずだ」

「なんか詐欺師みたいっすね」

「経営者なんて突き詰めれば似たようなもんだ」


 なんか世の経営者を敵に回しそうなことを言ってるが……しかし、メタママのあれはやっぱり最初から全部演技だったんだな。なんとなく違和感はあったけど、イベントの舞台裏を見てしまった気分だ。


 その後、俺たちはたっぷり時間を潰してから芽多のマンションに戻った。

 三人が談笑するリビングにはシリアスな空気は既になく、なにやら打ち解けた戦友たちのような雰囲気が漂っていた。

 ああ、主人公がヒロインの親と対決して納得行く答えを出す的なイベントは終わったんだなと思いながら、本当にゲームみたいな演出をしてみせた芽多に対して俺は、改めて薄気味悪さを感じたのだった。








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