メタな彼女と修羅場

 無事、主人公覚醒イベントが終了したところで、俺たちは芽多のマンションに向かうことにした。

 イベントとか言ってる時点で俺もかなり芽多のやつに感化されつつあるような気がして嫌だが、修が本当の気持ちに気づけたのはまさに覚醒、つまり目が覚めたってことだからまあ大体合ってるだろう。

 別にパワーアップすることだけが覚醒イベントではないのだ。


 バーガーショップを出てちょいと歩くと、すぐに巨大なマンションが姿を現した。

 駅から徒歩5分ってところか。いいところに住んでやがる。

 俺がキョロキョロと辺りを見回している間に修はインターホンか何かで芽多に連絡を取ったのか、サクッと中に入りエレベーターに乗り込んで、迷いなく階数のボタンを押していた。慌てて俺もエレベーターに乗り込み、修に尋ねる。


「修、なんかやけに慣れてるけど、ここ来たことあんの?」

「ん? そうだな、何度か来た」

「こいつ……」


 おいふざけるな何だそれは。さっきの覚醒イベントは何だったんだ? 女の家に何度も遊びに行っててただの友達とかあり得ないだろ。バーガー屋の一連のあれ全部茶番じゃねーかよ。下手するともうキスくらいしてるぞこいつら。


 俺が脳内で愚痴をたらたらこぼしている間にやがてエレベーターは高層階で止まり、ふかふかな絨毯の通路を歩いて俺たちは芽多の部屋に到着した。


「いらっしゃい修くん……と、お供その一」

「その二は誰なんだよ」

「お供であることは否定しないのね」

「まあ実際、今日はそんな感じだしな」


 俺と芽多の恒例の挨拶も今日ばかりは勢いがない。

 修も緊張しているのか、いつにもまして口数が少ないようだ。

 それはこの場の誰もが部屋の奥にただならぬオーラを感じているからだろう。

 いつまでも入り口で喋っているわけにもいかず、俺たちは芽多に促されるままに中へと足を踏み入れていく。


 大きな窓のある客間には、芽多の両親がソファに並んで座っていた。

 二人ともずいぶん若く見える。母親の方はベリーショートな髪型に、きっちりとしたスーツ姿で固い印象を受けるが、父親の方は割とラフな格好をしている。髪も長めで会社員という感じはせず、例えば美容室なんかで働いていると聞いても不思議には思わないだろう。しかし、見た目に騙されてはいけない。こういう一見気さくで話がわかるようなタイプの人間ほど、厄介な性格をしていたりするのだ。

 まあ全部俺の偏見なんだが。


「どうしたの。早く座りなさい」


 部屋に入った俺たちがぼんやりしていると、芽多の母親……メタママがぴしりと言い放った。見た目通り、厳しそうだ。

 俺たちは先生に叱られた学生みたいにさっと向かいのソファに座った。芽多が入り口側の一番端、修が真ん中で、俺は窓側だ。逃げ場がない感じがして息苦しい。


「それで……どっちが修くんなのかしら?」


 前髪が長すぎる男と、見るからにやる気のない茶髪の男を交互に見ながら、メタママが言う。修と俺は同時に互いを指さした。


「馬鹿、ふざけてる場合かよ」

「すまん、つい」


 ついでボケるな。緊張してんのかと思ったけど、意外と余裕あるなこいつ。


「で、どっちなの?」

「すいません、俺です」


 メタママの軽くいらついたような声の追撃を食らい、修が素直に手を上げた。

 一方メタパパはそんな俺たちの様子を見て口の端を歪ませている。一見声を出さずに笑いをこらえているようだが、馬鹿にしているようにも見える。いや、これは俺の被害妄想か。


「そう。あなたが修くんね。それじゃあ、そっちのあなたは……何?」

「付き人です」


 何と言われてもな。俺が教えて欲しいくらいだが、あえて言うなら付いてきただけの人、つまり付き人ということになるだろう。

 そんな俺の適当な返答にメタママは一瞬怪訝な表情をしたが、軽く鼻を鳴らしただけですぐに修の方に向き直った。よくわからないし、わかる必要もないからスルーするということだろう。俺としてもそういう扱いの方がありがたい。


「はじめましてね、修くん。晴から話は聞いてるわ。改めて、私が晴の母です……ほら、あなた」

「ん、ああ。私が、晴の父だ。よろしく」

「どうも、望月修です」


 メタママパパと修が改めて挨拶を交わし、話が始まった。

 まあ話と言っても、ジャブみたいなものだ。主にメタママが芽多の学園生活について尋ね、それに芽多と修が答えるといった感じ。

 だがそれも社交辞令みたいなものだったのだろう。メタママは一通りの無難な質問を終えると、一息ついてから本命の話題に切り込んできた。


「それで、修くんと晴はお付き合いはしていないのよね?」

「え、ええ。まあ……」


 面食らいながらも修がどうにか答えると、メタママは間髪入れずに言い放った。


「そう。それなら良かった。晴も後腐れなく戻って来れるわね」

「ちょっと、お母さん!?」


 慌てたように芽多が立ち上がるが、メタママはどこ吹く風だ。

 戻って来れる……ってことは、やっぱり芽多を連れ戻しに来たのか。なんとなくそんな予感はしていたけど。


「晴、約束を忘れた訳じゃないわよね? あなたの主人公探しとかいう意味の分からない遊びに、私たちは最大限協力してきたわ。あなたが家出した後も、陰ながらフォローしてたのよ? その対価として、あなたは自分の未来の時間を差し出したはず。対等な契約だったはずよ。……それで、やっと見つかったのでしょう? よかったわね。気は済んだ? 私たちは十分に待ってあげた。いい加減、遊びはおしまい。あなたがこれから我が社のために勉強するべきことは、山のようにあるんだから」


 おお……なんかスゲー話になってきたな。

 察するに、芽多が主人公を探すために転校を繰り返すとかいう無茶をやれたのは、将来メタママの仕事を手伝う代わりに全面的にバックアップしてもらったから……とかそんなところか。

 普通、実の娘とそんな契約を結ぶかね?

 さすが芽多の親だ。常識外れなところはしっかりと遺伝しているらしい。


「ちょっと待ってください」


 おっと、ここで修が参戦だ。よくこんな修羅場みたいな場面で口を挟めるな。尊敬するよ。


「俺と晴さんは、今はまだ友達くらいの関係ですが……晴、お前さえ良ければ、俺は晴と恋人同士になりたい。お母さん、晴を連れて帰るっていうなら、俺もついていきます。俺にもお母さんの仕事ってやつを、手伝わせてください」

「えっ……修くん!?」

「晴、駄目かな? 俺、やっと自分の気持に気付いたんだ。俺は晴が好きだ。晴が遠くに行くなんて、耐えられない」

「修くん……私も。私も好きです」


 ッスー……

 なんだろうねこれ。

 俺、完全に場違いじゃない? 今からでも消えたほうがいいのでは?

 見ろよメタママの顔を。いきなり実の娘と前髪が長い男の恋のクライマックスを見せつけられて呆然としているぞ。


「というわけで、晴のお母さん。俺たちは恋人同士になりました。当然、将来は結婚も視野に入れています。だから晴を連れて帰るなら、どうか俺も」

「修くん……嬉しい」

「……えっとぉ……えー」


 ほら、メタママ困ってんじゃん。思わずメタパパに助けを求めてんじゃん。


「んー……修くん。ちょっと急すぎないかな。どうしていきなり今日、というか今、告白する気になったんだ? ひょっとして、場の勢いで言ってないか?」


 お、メタパパが冷静なツッコミを入れているぞ。なんか親近感が湧くな。


「いえ、決して勢いだけじゃありません。つい最近……というかついさっきまで、俺は自分の気持ちに気づいていませんでした。でも、龍のおかげで目が覚めたんです」


 そう言って修は俺に意味深な笑みを向けてきた。

 おいやめろ、俺を矢面に立たせるな。せっかく置物みたいな影の薄さになっていたっていうのに。他の三人の視線が一気に集まっちまったじゃねーか。


「ほう……付き人くんが」


 メタパパが、俺を値踏みするような目で見てくる。


「いえ、俺はただ、修が自分の気持ちに気付いてないっぽいのが歯がゆかっただけで別にその、背中を押しただけっつーかなんつーか」


 しどろもどろになりながら言い訳していると、ほどなくメタパパの視線が外れる。

 俺に対してはそれほど興味がないみたいで助かった。


「それで、修くん。晴と一緒になりたいというのは、どこまで本気なのかな?」

「もちろん、完全に本気です。もし許してくれるなら、今ここで婚姻届を書いてもいいくらいです」

「それはちょっと……」


 なんだろう、普段の修はいつも適当なことばっか言ってるから、今も真面目な顔で心にもない嘘をついてるんじゃないかと一瞬不安になる。

 まあ、さすがにこの場面でそれはないと思うけど。……大丈夫だよな?


「……コホン。そういうことなら、私から一ついいかしら」


 メタパパのおかげでペースを取り戻したらしいメタママは、そう言ってスッと人差し指を天井に向けた。

 なんかあるのか? と上を向いたアホは俺だけだった。


「一億円。これまで晴にかけてきたぶんの支払いを……修くん。あなたにも請求することになるけれど、構わないのね?」

「お、お母さん?」

「忘れたとは言わせないわよ、晴。もしも主人公を見つけることができたら、私たちのサポートははそこで終了。そしてあなたは、それまでにかかった経費を支払う。そういう契約だったわよね?」

「……確かに、そうだったけど」

「晴と将来を共にしたいというなら、支払えるわよね、修くん?」

「一億……ですか……」


 えっとー……俺、もう帰っていいすかね?








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