メタな彼女の主人公

 基本的に電車はあまり好きではないが、人の少ない時間帯や、休日に乗るガラガラの電車はどことなく空虚な感じがして嫌いじゃなかったりする。今乗っている電車はまさにその類だ。

 今は休日の午後だけど、都心へ向かう電車とは方向が逆なので、人がほとんど乗っていない。

 走行音がホワイトノイズのような役割を果たしているのか、講義中よりも静謐な空気がここにはあるような気がする。完全な無音よりも思考がよく回るのは良いことなのか悪いことなのか。こうやってどうでもいいことを延々と考えてしまうのは、ある意味では現実逃避のようなものだったりする。

 そうだ、俺がここでしていることの全ては、正しく現実逃避に違いない。


 学園がある駅を通り過ぎ、修に指定された駅に到着すると、俺は改札を出て辺りを見渡した。

 直結の商業施設があるような大きな駅ではない。ちょっとした空間の端っこに証明写真の機械や自販機があるだけで、他には何もない。ここからでも外のバスロータリーやタクシー乗り場が少しだけ見える。

 めったに来ない見知らぬ駅にも、当たり前だけど人間がちらほらと存在している。せっかくの休日にどこかへ出かけようと改札を通り抜けていく親子連れや、これから帰宅するのか、それとも知り合いの家に遊びに来たのか、駅の外へと歩いていく人々がいる。

 壁際で暇そうにスマホをいじっている若い男に目が止まり、俺はそちらに向けて歩き始めた。


「よお、龍。迷わなかったか」


 その男、望月もちづきしゅうは、俺の接近に気づくとスマホをしまい、いつもの調子で話しかけてきた。

 相変わらず前髪が長くてうっとおしくないのかとか、ちゃんと前見えてるのかとか疑問に思うが、何かこだわりでもあるようで、出会ってから今までその前髪が短くなったことは一度もない。


「電車で一本なんだから、迷うもクソもねーだろ」


 そう返す俺の声は、自分で認識できるほどテンションが下がっていた。

 こうして休日に修と会うのは初めてではないが、今日ほど嬉しくない待ち合わせは初めてだ。

 これから俺たちが向かうのは、芽多が住んでいるマンションだと聞いている。

 休日に女の子の家を訪ねると言えば聞こえはいいが、その実情はまったくもって心がときめくようなものではない。俺たちはこれから芽多の家で、芽多の両親と顔を合わせなければならないのだから。

 本当に、どうしてこうなったのか。こんな目に遭わなきゃならないほど俺は悪いことをしてきただろうかと、思わず過去の行いを振り返ってしまうくらい、俺の心は沈んでいた。


「それじゃ行くか」

「まあ待て、修」

「なによ」


 すぐに芽多の家に行こうとする修を、俺は予めシミュレーションしておいた通りに引き止めた。こんな気分のまま修羅場みたいなところに突っ込みたくないし、腹も減ってるし、修に確認しておかなきゃならないこともあった。


「バーガー屋にでも寄ってから行こうぜ」

「なんで? メシ食ってきてないの?」

「それもある。けど、事前ミーティングをしておきたい」

「なんだそりゃ。まあいいけど」


 約束の時間まではまだまだ余裕がある。そうなるように俺が修との待ち合わせ時間を指定したからだ。

 ロータリー沿いにあるハンバーガー専門店みたいなところに入ると、俺はメニューの一番上にあったハンバーガーを、修は聞いたこともないような変な名前のお茶を注文して窓際の席を確保した。

 近くに飲食店が多いせいかあまり混んでいない。おかげですぐに注文の品が出来上がった。

 湯気を上げながら到着したやたらとでかいハンバーガーをナイフで分割して口に運びつつ、俺は修に切り出した。


「で、どうするつもりなんだ?」

「なにが?」

「これから芽多の両親に会うだろ。そこでどうするかって話」

「どうとは」

「おい、ここまで来てとぼけるなよ。芽多の両親は何しに来たんだ?」

「晴の様子を見るため」

「と、お前がどんな奴か確かめに来たんだろ。娘がようやく見つけた主人公ってのがどんな馬の骨野郎なのか見定めに来たってわけだ」

「主人公ねぇ」

「お前が主人公かどうかはともかく、どういうスタンスで臨むのかってことよ」

「えーよくわからん。まあ流れでなんとかなるだろ」

「まさかのノープランかよ……いいか、芽多の親はお前を芽多の彼氏か、それに準ずるものとして考えている。そういう姿勢で色々と質問してくると思っていい。それに対してお前はどう答えるんだ? 自分は主人公とやらではないし、芽多のことも特になんとも思っていませんとか答える気か?」

「うーん……そうなるのか……?」

「仮にそう答えたらどうなるかシミュレーションしてみろよ。芽多はその場で振られた形になるわけだ。そうなると親としては、じゃあもうこのごっこ遊びは終わりだねってことになる。最悪の場合、やることなくなったんならさっさと家に帰ってこいよって話になってもおかしくない。お前はそれでいいのか?」

「んー……」


 黙ってしまった修を待ちつつ、巨大ハンバーガーを食べ進めていく。千円以上するだけあってうまい。ボリュームもすごい。

 なんで俺は直接自分に関係のない、言ってしまえばどうでもいいことに対してこんなに真剣に語ってしまっているのだろうかと思いながら、それは修が親友と呼ぶべき存在だからだと自答して、その考えの気恥ずかしさごと飲み込んでいく。


「じゃあ質問を変えよう。修は芽多のことをどう思ってるんだ? 本当にただの友達程度のレベルなのか? 俺はよく知らないけど、休日に結構二人で会ってるんだろ? いや休日だけじゃないか。学園でもいつも一緒だ。それだけの時間一緒にいれば、色々なことを話してるんだろうよ。芽多のこれまでのこととか、お前自身のこととか、俺でも知らないようなことを話す機会もあったんじゃないか。それとは関係なくやっぱり芽多のことを恋愛対象として見れないってんなら、俺は別にそれでもいいと思うよ。無理やりお前と芽多をくっつけたいとも思わんし、むしろ俺としてはあの女は苦手だし」


 修が喋らないものだから、なんか知らんが俺が延々と喋る羽目になってしまっているな。俺、こんなキャラじゃなかったはずなんだけど。自分でも珍しい変なテンションだなと思う。

 そして言葉にして初めて、自分でも気づいていなかったことに気づいた。

 修と芽多が二人きりで過ごした時間は俺には知りようもないもので、たぶんそこには二人だけのドラマとか、なんかそういうのがあったんだろう。

 それを知ることのできない俺は、まさに主人公とヒロインのシナリオを傍から見ているモブそのものだ。モブの立場になってみるとそれは結構、思いがけず、気に食わないものだったりする。

 自分の知らないところで話が進んでいて、自分が関われるのは奴らがきまぐれに近づいてきた一場面でしかない。

 俺はそこから色々と察して、ほんの僅かな干渉をすることしかできないのだ。

 結局ストーリーがどう進んでいるのか把握できていないんだから、そんなもん面白いはずもない。


「でも、でもだ。お前が自覚してるかどうかに関わらず、芽多に対して特別な感情を抱いているとしたら、一時しのぎの無関心のせいでこの先ずっと後悔することになるかもしれない……わかるよな」


 でも、それでも、と思うのだ。

 親友と呼ぶべき相手が自分の感情を正確に把握しようとしないせいで後悔するのは見ていられない。

 だってそうだろう。俺の目からはどう見たって、修は芽多に惹かれている。

 好きでもないやつと一緒にデートに行くか? 一緒に手の込んだいたずらを仕掛けるか? 好きでもないなら普通は、相手のために距離を取ろうとするだろう。

 それをしていない時点で、修の気持ちは傾いているはずだ。少なくとも俺にはそう見える。実際のところはわからんが。

 だから、俺は俺の思った通りに、お前本当は好きなんじゃないの~? という方向で修の背中を押してみるだけだ。

 違ったなら別にそれでいいし。

 俺が背中を押したせいで感情がそっちに引っ張られたってんなら、そんなもんで揺らぐ修が悪い。俺は知らん。


「そうか……俺は……」


 おっと、ぐちゃぐちゃとよくわからんことを考えているうちに、モブの一言によって主人公が自分でも気づかなかった本当の気持ちを知るイベントが発生したっぽい。

 修の表情が(前髪で隠れててよくわからんが)だんだんと驚いたようなものに変わっていく。前髪を切れ。

 俺って、あいつのこと好きだったのか……みたいな感じか?

 俺に言わせりゃそんなん当たり前だ。美人でスタイルのいい女がぐいぐい迫ってきたら男なんてすぐ好きになっちゃうんだよ。

 それが自然の摂理と言うものだ。








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