メタな彼女の手作り弁当
都心の駅で芽多と話した日から数日後の朝。
少し早く登校したはずなのに、学園の講義室にはもう修が来ていた。
いつものように俺は修の隣に座り、注意深く周囲を見回した。
「芽多はまだ来てないな?」
「まだだけど。いつもこんな早く来ないだろ」
それはそうなのだが、念のためだ。
俺は意を決して修に向き直り、気になっていたことを聞くことにした。
「芽多とは最近どうだ?」
「どう、とは?」
「いい感じなんだろ?」
「悪くはないな」
「ぶっちゃけ、好きなの?」
「おっ、朝から恋バナかよ~」
修は何が楽しいのかニヤニヤしているが、俺はあんまり楽しくはない。
正直、芽多の恋愛事情などどうでもいいんだが、相手が修というのが問題なのだ。
俺がこの学園に来てから唯一、心を許せた友人。それが修だ。
当時の俺はまあ、人間不信みたいな感じで結構
だから俺は修をそれなりに大切に思っているし、だからこそ、芽多のような異質な奴とくっつくのがいいことなのかどうか、見極めたいと思っている。
気分としては娘を嫁に出す父親って感じだな。余計なお世話だということは承知しているが、別にいいだろ。
「好きか嫌いかで言えば嫌いではないけど……まあそのくらいだな」
「ふむ。フラグが足りてないのか」
「フラグ?」
「なんでもない。この間もデートしたんだろ?」
「デートってか、晴が買いたいものがあるっていうから付き合っただけだぞ。ていうかよく知ってるな」
「偶然芽多に会って聞いた。変な鳥の像のところ」
「ああ、あそこね。龍も誰かと待ち合わせしてたのか?」
「ちげーよ。俺のことはいいの。それより芽多の気持ちはわかってんだろ? これからどうするつもりなんだ?」
「晴の気持ちって?」
「いや、あいつお前のこと好きだろ?」
「いやいや、嫌われてはいないと思うけどな……それはちょっと飛躍し過ぎだろ」
「は?」
「別に好きって言われたわけでもないしなー」
「???」
疑問符だ。
俺の頭の中は一瞬にして疑問符で埋め尽くされてしまった。
こいつは何を言っているんだ?
転校してきた初日から、出会った瞬間から芽多は修にアピールしまくっている。自分は恋愛ゲームのヒロインで、修は主人公だとか……頭のおかしな言い方ではあるけど。確かに直接好意を伝えている訳じゃないが、行為には出まくっている。誰がどう見ても芽多の修に対する気持ちは丸わかりなはずだ。
それなのに修のこの発言はなんだ。
照れ隠しって感じでもない。本気で言っている。
天然なやつだとは思っていたが……修、お前まさか鈍感系主人公ってやつなのか。
「ひとつ聞きたいんだが……芽多は好きでもない男をデートに誘うと思うか?」
「だからあれはデートじゃなくて、買い物に付き合っただけなんだって」
「でもちょくちょく一緒に出かけてるんだろ?」
「晴は引っ越してきたばっかだからな。いろいろ案内してるんだよ」
「向こうから頼まれたんだろ? 案内してくれって」
「そうだけど」
「で、芽多は好きでもない男に初めての街の案内を頼むと思うか?」
「そこは別に好きかどうかは関係なくね? たまたま俺だったってだけだろ」
なんだろう、頭が痛くなってきた。
俺の予感は既に確信へと変わっている。
それでも俺は質問を止められない。
「芽多はこの世界が恋愛ゲームで、自分はヒロインで、お前のことを主人公だと思っているらしいが、それについてはどう思う?」
「あー、そんなこと最初に言ってたな。さすがに冗談だろ」
「冗談って部分には同意するが……二人きりの時にそういう話はしてないのか?」
「ぜんぜん。今聞いて思い出した」
「そうか……」
いや、それはまあそうか。
芽多からすれば「自分はヒロイン、あなたは主人公、だから結ばれるべき!」みたいな発言は相手をドン引きさせるだけだってわかってるだろうし。
つーかそこをわきまえてるならなんで最初に世界=恋愛ゲーム論をぶっこんできたんだという疑問が残るが……いや、あれがあったからこそ、芽多は今しれっと修と親しくなっているとも言える。
最初にドカンとぶちかまして接近し、後は常識的に振る舞ってコツコツ好感度を稼いでいくという戦略なのか……? だとするとかなりの策士……いや、今はそんなことはどうでもいい。
問題は、修がかなりの鈍感系主人公だったということだ。現時点で芽多の好意に気づいていないのは、かなりヤバい。
芽多よ、俺も予想外だったが、この男を落とすのは至難の業かもしれないぞ。
俺は心の中でそっと合掌しておいた。
その後、いつものように芽多も合流して三人で講義を受ける。
修が芽多の気持ちをこれっぽっちも理解していないと分かった今では、芽多の露骨なアタックさえ涙ぐましい努力のように見えてくるから不思議だ。
生暖かい目で見守っていると、芽多から怪訝な顔を向けられた。
昼休み、いつものように学食に行こうと席を立つと、芽多に止められた。
「待ちなさい、友田」
「え、なに」
「修くん、少し友田を借りてもいいかしら?」
「いいけど」
「おいおいなんだよ?」
「いいから来なさい」
なんだなんだと思っているうちに、俺は芽多に引っ張られて
講義中にアルカイックスマイルで見守っていたのがそんなに気に入らなかったのだろうか……などと考えていると、芽多の口からは予想外の言葉が出てくる。
「今日のお昼はちょっと外してもらいたいんだけど」
「なんでだよ」
「作ってきたのよ……お弁当」
「おっ、わざわざ悪いな」
「誰があなたにあげるもんですか。修くん用に決まってるでしょ」
「わかってるよ。前言ってたやつだろ」
「そうなんだけど」
「別に俺がいたっていいだろ。品評会しようぜ」
「はぁ……そうやって茶化されそうだから嫌だって言ってるのよ。品質は問題ないとは思うけど、万が一失敗してたら……友田におちょくられるのだけは許せないのよ」
「正直な奴だな」
しかしここまで素直に理由を説明されてしまうと、冗談半分に無理やり同席してやろうという気は失せる。
俺だって別に、今のところは芽多の恋路を邪魔しようという気はない。必要以上に気を使ってやるつもりもないが。
しかし今日だけは大人の態度を見せた芽多に敬意を払い、俺も同じく大人の態度で応じるべきだろう。
そんな訳で俺は一人、近所のコンビニで弁当を買ってきて、部室に向かった。
休憩室は混んでるし、講義室は落ち着かない。消去法で部室を選んだのだ。今だけはこのトンチキな部があって良かったと思える。
部員全員に渡されている合鍵を使ってドアを開けようとすると、既に鍵は開いていた。先客がいるらしい。
「あれ、友田先輩」
「おー……向日葵も来てたのか」
中では、ピンク頭の少女が一人で菓子パンを頬張っていた。
机の上にはジュースのペットボトルと、空になったパンの包みが散乱している。
結構な量食ってるなこいつ。
「どしたんすか」
「いや、メシ食おうと思って。向日葵はいつもここで食ってるのか?」
「いつもじゃないですけど……たまにっすね」
「ふーん。意外だな」
俺は机の上に弁当を置くと、向日葵と
本音を言うと少し気まずいが、今さら出ていくとそれはそれで感じが悪いだろう。
仕方ないので、何も気にしていない風を装ってこのまま昼飯を済ませてしまうことにしたのだ。
「意外ですか」
「うん。向日葵は陽キャグループとウェイウェイしながら食ってると思ってた」
「どんな昼食っすかそれ」
「そらもうシャンパンタワーよ」
「あはは。学園内での飲酒は禁止されてるっすよ」
「そんな規則があったのか」
馬鹿な話をしながら、コンビニ弁当に取り掛かる。
向日葵は菓子パンを食べ終わると、カバンから新たなお菓子を取り出していた。
「まだ食うのか……」
「先輩も食べます?」
「なにそれ」
「月餅っす」
「すげー甘そう」
「甘くておいしいっすよ」
「俺はいいや」
「じゃああたしが全部食べちゃいます」
その後、俺が弁当を食べ終わるまでの間に、向日葵は追加でポテト系のお菓子を二つ平らげていた。
絶対に太るぞと思ったがそこには触れず、どうでもいいような中身のない話をして昼休みを過ごした。
今日はイレギュラーな出来事が続いたが、結果的にはこれはこれで悪くない時間だったと言えるだろう。
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