メタな彼女の提案

「友田、ちょっとつら貸しなさい」


 翌日、俺は再び芽多に呼び出されていた。


「なんかキャラが雑になってない?」

「いいのよそんなことは」


 いいのか。まあ俺相手にキャラを取り繕う意味もないしな。


「で? どうせ昨日の弁当の件だろ?」

「……よくわかったわね」

「そりゃな。その様子だと、うまくいかなかったか」

「いいえ……修くんはおいしいって言って食べてくれたわ」

「よかったじゃん」

「でもね、「明日も作ってきましょうか?」って聞いたら、断られたのよ。そんなに気を使わなくていいとか、無理するなとか、言葉は柔らかかったけど、断固とした拒絶を感じてしまったの……何がいけなかったのかしら……」

「ほー」


 俺はなんとなくその場面を想像してみた。

 修は天然で適当な感じだけど、譲らない一線のようなものは確かにある気がする。


「考えられるパターンとしては、二つあるな」


 俺がそう言うと、芽多はすがるような目を向けてきた。

 おいよせやめろ。普段強気なやつがそういう顔を見せるのは反則だろ。

 俺はなんとなく目をそらして続ける。


「一つは、本当にただ遠慮している場合。あいつは芽多の好意に一切気づいていないから、これは普通にあり得る」

「えっ」

「そしてもう一つは、」

「待って。ちょっと待ちなさい」

「あんだよ」

「修くんが? 私の好意に気づいていないですって?」

「うん。本人に確認したし」

「嘘でしょ……まさか修くん、鈍感系主人公だったというの……?」


 芽多も俺と同じ結論に至ったらしい。

 世のラノベなどには鈍感系主人公のフリをして実は演技をしている主人公というのもあるらしいが……まあどうでもいいか。


「もう一つの可能性としては、芽多のメシが普通にまずかった場合だな。いわゆるメシマズ系ヒロインってやつだ」


 俺の言葉に芽多は一瞬ムッとした表情を向けてきたが、何も言ってこない。

 てっきり罵詈雑言が飛んでくるかと思っていたので拍子抜けしてしまう。

 まさか、自覚ありなのか?


「……その可能性は、私も考えたわ。自分で味見した限りでは美味しいと思ったけど、本人の味覚が壊れてるっていうのはお約束だものね。というわけで……はい」

「え、なにこれ」


 俺は突然差し出された巾着袋のようなものをまじまじと見つめた。

 両手に乗るくらいの大きさで、四角い。可愛らしい花柄の袋だ。


「お弁当よ。昨日作ったものを完璧に再現したわ」

「ふーん……で?」

「あなた、わかっててとぼけてるでしょう。食べて、美味しいか不味いか教えなさいって言ってるのよ」

「ええー……なんで俺が? 他の友達に頼めよ」

「友達なんていないわよ」

「そ、そうか」

「仮にいたとしても、不味いかもしれないものを食べさせる訳にはいかないわ」

「俺はいいのかよ」

「いいに決まってるでしょう」

「決まってるのか……」


 まあ、そうか。そうだよな。俺の扱いなんてそんなものだろう。

 しかし、芽多の弁当か……。

 蓋を開けたら紫色のゲル状のものが溢れてきたらどうしよう。めちゃくちゃ嫌だ。

 嫌だけど、俺が全力で拒否ったら、次は部員の誰かが犠牲になる可能性が高い。芽多には友達がいないらしいからな……俺もいないけど。


「仕方ない、わかった。食べてやろう」

「美少女の手作り弁当を受け取る態度とは思えないわね……」

「自分で美少女とか言うな。ともかく、まずかったらマジで容赦なくどこが駄目だったか指摘するからな。逆ギレとかするなよ」

「しないわよ」


 俺は芽多から弁当箱を受け取った。

 やけにずっしりと重い気がする。俺の気持ちが反映されているのかもしれない。もしくは緑色のスライムがみっちり詰まっているのか。

 ……念のため、胃薬を用意しておいたほうがいいかもしれないな。


「何か失礼なことを考えてる顔ね……分かってると思うけど、お昼は別の場所で食べなさいよ。修くんの前でそれを出したら、20本全ての指の爪と肉の間に針を刺すからね」

「リアルに痛そうなことを言うな」


 というわけで今日も、昼食は別の場所に行くことになった。

 まあ、行く場所なんて一つしかないんだけど。


         ◆


 部室の扉の鍵は、今日もかかっていなかった。

 中に入ると、昨日の焼き直しのようにピンク頭の少女が菓子パンを頬張っている。


「あ、友田先輩」

「悪いな、また邪魔して。たぶん明日は来ないから、今日だけ我慢してくれ」

「別にいいっすけど……」


 向日葵は口元を手で隠しながら、俺が持参した弁当の袋に注目している。

 やっぱ気になるよな。


「今日はコンビニ弁当じゃないんすね」

「うん。色々と経緯いきさつがあってな」


 袋から弁当箱を取り出す。シンプルなクリーム色の弁当箱だ。


「いきさつ?」

「人体実験みたいなものだ」

「全然わかんないんすけど……自分で作ったんすか?」

「芽多からもらった」

「えっ」


 恐る恐る蓋を開ける。

 どうやらスライム状のものは溢れ出てこないようだ。


「えっ、えーっ、まさか芽多先輩と友田先輩って……」

「ああ、実はそうなんだ。聞くも恐ろしい三角関係ってやつでな」

「先輩たちがそんなドロドロ状態だったなんて」

「しかも俺と芽多が修を取り合ってるという」

「なんてことっすか……それでなぜ芽多先輩が友田先輩にお弁当を?」

「毒殺……かもしれんな」

「お、恐ろしい」


 こいつ結構ノリがいいな……と思いながら弁当の中身をあらためる。

 見た目はかなり良い。

 半分はシンプルに白米のみ。おかずは鶏の唐揚げをメインに、ミニハンバーグ、卵焼き、ウインナー。彩りとしてレタスと細切りのパプリカが敷かれている。

 うーん、普通にうまそうだ。


「……で、本当はどういう経緯なんすか」

「芽多が修に弁当を作ったんだが、修の反応がいまいちだったらしくてな。第三者の意見が聞きたいんだと」

「へー。普通においしそうっすけど」

「俺もそう思う。問題は味がどうかだな」


 まずはメインの鶏の唐揚げからいってみる。

 まず驚いたのは、冷めてるのに衣がサクッとしていることだ。そしてニンニクの代わりにショウガを効かせているみたいだが、その風味が醤油の味と相まってうまい。肉のジューシーさが損なわれておらず、濃いめの味付けで白米が進む。

 次にミニハンバーグ。一口食べて分かったのは、これは冷凍食品じゃないということだ。わざわざこの大きさのハンバーグをイチから作っている。市販品特有の画一的な味ではなく、しっかりと肉の味がする。

 卵焼きは出汁を効かせた甘くないタイプ。甘い卵焼き派も多そうだが、俺はどっちも好きだったりする。これは中心が少しだけ半熟になっていて、そこは好みが分かれそうだ。ちなみに俺はかなり好き。

 ウインナーはさすがに市販品っぽいが、ハーブが入っているお高そうなやつだ。とは言えそれほどハーブの主張は強くなく、マイルドな香り。当然うまい。

 敷いてあるサラダは彩りだけかと思いきや、下から角切りの野菜が出てきた。食べてみるとどうやら白菜のようだ。生の白菜に、塩昆布とからしマヨネーズが絡めてある。みずみずしくて、濃い味のおかずを食べた後にちょうどいい。


 気づいたら全部食べ終えていた。

 悔しいが、かなりうまかった。


「あ、食べ終わりました?」


 はい、と向日葵がお茶のペットボトルを差し出してきた。


「お、おお。いいのか?」

「どうぞ。先輩、飲み物持ってきてなかったから、さっき外の自販機で買ってきたんすよ。めっちゃ食べるのに集中してて気づかなかったみたいっすけど」

「悪いな、いくらだった?」

「あーいいっすよ。誕生日プレゼントっす」

「誕生日はだいぶ先なんだが……ありがとう」


 バツの悪い気持ちを堪えて、ありがたく頂くことにする。

 うーむ、後輩に奢らせてしまった。この借りはそのうち返さなければ。


「それで、味はどうでした? って聞く必要もなさそうっすけど」

「うん。うまかった。いや、うますぎたな」

「芽多先輩、料理も得意なんすねー」


 果たして元々料理が得意だったのか、修のために努力したのか。それは芽多のみぞ知るってところだな。


「しかし、修が遠慮した理由もよくわかった」

「そうなんすか? おいしかったんですよね?」

「さっきも言ったが、うますぎるんだよな。手間がかかっているのがよくわかる。出来合いのものはソーセージだけで、それも香ばしく焼いてあるし」

「それは……いいことじゃないんすか?」

「いいんだけど、重いんだよ。これを作るためにどれだけ手間と時間がかかったか、想像できちまう。付き合ってもいないのに、このクオリティの弁当を毎日作ってもらうってのは普通に気が引ける」

「あー、それで望月先輩の反応が悪かったと」

「たぶんな。修は単純に、芽多に悪いと思って遠慮したんだろう」

「……面倒くさいっすね」

「まったくだ」


         ◆


 後日、芽多に弁当の感想と修が遠慮した理由の予想を伝えると、「じゃあどうすればいいのよ……」と頭を抱えていた。

 クオリティを下げるのはプライドが許さないらしい。

 面倒だったので、一週間に一度くらいなら作ってきてもいいんじゃないかとか適当なことを言っておいたら、本当にそうすることにしたらしい。

 そんなわけで俺は、週に一度だけ部室で昼食を取ることになった。


 ちなみに、いつ部室に行っても、ピンク頭の後輩が菓子パンを齧っているのは変わらなかった。








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