第二章 メタな彼女と主人公の恋

メタな彼女の恋愛論

 今日は休日だ。


 面倒なことに、諸事情により休日は都心に出かけることになっている。

 俺は人混みが嫌いだし、特に用事がある訳でもないのだが、それが推奨されているのであれば仕方がない。

 幸い、電車の乗り換えは一度で済む。座って行けるのがせめてもの救いだ。


 都会のそれなりに大きな駅で、しかも休みの日。人の多さは言うまでもない。

 うんざりしながら人間の波をかき分けて歩いていると、見知った顔を見つけた。

 太った鳥のような変な像の前、多くの人が待ち合わせをしているその場所に、やたらと目立つ赤髪の美少女が立っていた。

 芽多だ。

 学園がある町から都心に出るとなると、まずはこの駅に着くのだから、ここで学園の人間を見かけるのは珍しいことではない。それでも俺が思わず目を引かれたのは、芽多の私服姿があまりにも象徴的だったからだ。

 白のワンピースに、つばの大きな帽子。小さな手提げを持つその姿は、どこぞのお嬢様といった雰囲気を醸し出している。

 というか、昔のギャルゲーのヒロインだこれ。

 まだ春先なので、その涼し気な格好はかなり目立っていたが、本人はどこ吹く風といった表情をしている。


 衝撃的な私服をジロジロ見ていたせいか、いつの間にか俺の存在も芽多に捕捉されてしまっていたらしい。しっかりと目が合う。

 芽多は、修には絶対に見せないであろうチベットスナギツネのような目でこちらを捉えながら、右手の人差し指を上に向け、クイクイと曲げて見せた。どうやら呼ばれているらしい。

 つーか人の呼び方が強者のソレなんだよな……こわ。

 今から目をそらして見なかったフリをするのは厳しいだろう。後日何を言われるか分かったものではない。

 仕方なく俺は芽多の近くまで歩いていき、できるだけ気さくな感じで声をかけた。


「よお、待った?」

「今来たところよ」

「……」

「……」

「真顔かつノータイムでノッて来ないでもらえる? こえーから」

「友田のくせにボケようとするからよ」

「理不尽な……」


 とまあ、軽い挨拶も済ませたところで、俺は改めて芽多の私服姿を眺める。

 完全に周囲から浮いているが、似合ってるのは確かなんだよな。いやそんなことはどうでもいい。


「んで? 俺に何か用?」

「別に用はないわ。待ち合わせの時間まで暇だったから」

「俺は暇つぶしかよ……待ち合わせって、相手は修だろ?」

「友田にしては察しがいいわね。その通りよ」

「他に思い当たらねえからな。つーか何? きみたちもう付き合ってんの?」

「残念ながら、まだね。気軽にデートできるくらいの仲にはなれたけれど」


 気軽にデートって、それは付き合ってない男女がすることなのか?

 ……と、突っ込みを入れたいところだが、俺も経験不足だから迂闊なことは言えない。世間一般では当たり前のことなのかもしれないからな。


「でもあと一歩、足りないのよね。決定的なイベントフラグが」

「はいはいフラグね。てか出会ってそれほど経ってないのに、そこまで仲が深まってるのは普通にすごいことだと思うけどな」

「あらありがとう。それじゃあご祝儀に、修くんの好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてもらおうかしら」

「何のご祝儀だよ……それ聞いてどうするわけ?」

「今度お弁当を作ってあげようと思って」

「お弁当ねえ」


 付き合ってないのに手作り弁当とか、ゲームの中だけだろ。

 と思ったけどこいつは頭の中がゲームなんだった。

 恋人でもない相手からの手作り弁当か……実際どうなんだ? 嬉しいのか? 俺はちょっと引いてしまいそうな気がする。

 でもまあ、休日に待ち合わせして出かけるくらいの仲になってるなら、それもアリなのかもしれない。


「好き嫌いっつっても、学食で出たものの中でしか分からんけど」

「構わないわ。最初から友田に期待なんてしていないから」

「一言多いんだよなあ……」


 俺と修は大体いつも一緒に学食に行く。修はたまにコンビニ弁当とか売店のパンとかで済ますこともあるけど。芽多が来てからは一緒に学食に行っているから、ある程度の好き嫌いは知っていると思うんだが……つーか、二人で会う時にそういう話はしないのかね。わからんけど。

 そんなことを考えながら、記憶を辿っていく。


「好きなものはハンバーグ、カレー、ラーメンとかかな」

「子供みたいで可愛いわね」

「嫌いなものは……レバーは食感が嫌だって言ってたな。あと人参、ミニトマト」

「普通のトマトは?」

「原型を留めてなくて火を通したものなら大丈夫らしい。あとはひじき、うなぎ、セロリ、らっきょう……」

「ずいぶん詳しいのね。ちょっと気持ち悪いわ」

「教えてもらってる立場でなんてこと言うんだこの女は」


 しかし芽多はそんなことを言いながらも、しっかりスマホにメモを取っていた。

 こいつにぞんざいな扱いをされるのにはもう慣れたから、別にいいんだけど。


「さすが親友ポジションの脇役ね。参考になったわ」

「もう少し素直に礼を述べてもいいんだぞ」

「ありがとう」

「うわ、きもちわる」

「……あなたって本当に天邪鬼よね」

「お互いにな」


 と言っても、別に俺は天邪鬼なつもりはないんだが。そういう態度を取るのは芽多こいつに対してだけだ。

 こいつにだけは一切気を使う必要がないから、まあ楽ではあるんだよな。


「つーか、さっさと告白すればいいんじゃねえの? あと一歩なんだろ?」


 最初から芽多の好意なんてダダ漏れなんだから、手作り弁当とか回りくどいことをせずに勝負に行けばいいのにと思うんだが。

 そう言う俺に対して芽多は、呆れたような、馬鹿にしたような表情を向けた。


「はーぁ。ま、モブには恋の駆け引きなんて理解できないんでしょうね」

「お? 喧嘩を売っていらっしゃる?」

「情報提供してもらったし、特別にレッスンしてあげるわ。いい? 告白イベントが許されるのは高校生までなのよ」

「いやいや、別にそんなことはないだろ」


 学園生でも大学生でも愛の告白的なイベントはあるだろ多分。社会人になるとまた違うのかもしれんが……まあ全部俺の想像なんだけど。


「わかってないわね。告白という行為はリスクが大きすぎるのよ。それまでに醸成された関係性を全てチップに変えて一点賭けするようなものなの。当たれば恋人、外れれば友人以下。割に合わないにも程があるわ」

「言われてみればそんな気もするが……じゃあどうやって恋人関係になるんだ?」

「雰囲気に合わせた実際の行動によって既成事実を積み重ねていくのよ」

「ほーん……」

「ちょっと今いやらしいこと考えたでしょう? 違うわよ。もっとこう、その前段階の話よ」

「俺は何も言っていないが?」

「くっ……とにかく、手をつなぐとか、キスをするとか、そういう行為によって実際的にお互いに恋人関係になることを承認していくのよ」

「えーよくわかんねえ~。いきなりキスを迫るってこと? ヤバくね?」

「だからぁ、自然とそういう雰囲気になれるくらいまで関係を深めていくの! その過程が恋の駆け引きなの! わかった!?」

「キャラ崩れてるぞ」

「誰のせいよ全く……将来あなたのお相手になる方は気の毒ね」

「そんな相手がいればいいけどな」

「いるでしょ。友田は黙ってれば顔は悪くないんだから、もう少しデリカシーを身につければいい線いくと思うわよ」

「お、おう……」


 こいつたまにこうやって、ストレートにこっちを評価してくるからびっくりしちゃうんだよな……温度差で心臓麻痺起こしそう。


「つーかだいぶ話し込んじまったけど、修はまだ来ないのか。何時に待ち合わせしてるんだ?」

「十一時よ」


 動揺してしまったことを誤魔化すように俺が聞くと、芽多はスマホを見ながらしれっと答えた。


「今、十時なんだが……?」

「そうね」

「ちなみに、いつからここにいるんだ?」

「九時だけど」

「はやくね?」

「別に、こんなものでしょう」

「そうなのか……」


 俺はなんとも言えない空恐ろしさを感じて、「じゃあ頑張れよ」とか適当なことを言ってその場から離れた。

 今日はなんとなく芽多との仲が深まったような気がしたが、やっぱり理解できない奴であることは間違いないらしかった。








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