部活動パート解禁
平穏な一週間などあっという間に過ぎてしまうものだ。
凄まじい勢いで建設された部室棟はきっちり期間内に竣工し、我らがメタ部は晴れてその一角を割り当てられた。
打ちっぱなしのコンクリートの床に、木のチップを圧縮したみたいな茶色い壁、窓が一つあるだけという簡素なつくり。折り畳みの安っぽい長テーブルとパイプ椅子が六脚、壁の隅に適当に積んである。
短い期間内できちんと電気が通り、窓ガラスが嵌っている上に備品まで用意してくれているのだから、大したものだ。
「まずは掃除をするわよ!」
部室前に集まった部員たちに向けて開口一番、芽多はそう言った。
「できたばっかなんだから、しなくてもいいだろ掃除」
「は?」
まっさらな新品なんだから汚れなど当然ない。掃除をする意味がわからず俺がぼやくと、芽多は理解不能といった顔をした。
「友田は買ってきた食器をそのまま使うのかしら? 誰が触ったかもわからない野菜を洗わずにそのまま食べるの? 衛生観念という言葉はご存知?」
「……口に入れるものと、部室の掃除は別だろ」
「私たちは手を使う人類なのよ? 手で物に触れ、その手で物を食べるの。もちろん食べる前に手は洗うけど、それ以前に触れるものを清潔にしておくべき、ということくらいは分かるわよね?」
「あーわかったよもう。掃除すりゃいいんだろ」
面倒くせえ。
けど、こいつと口論し続ける方がもっと面倒くさいだろうから、俺はしぶしぶ従うことにする。
芽多の指示により、俺と一年男子の
新品の窓とか一番汚れてないだろと思ったが、修が外から、芽多が内側から向かい合うようにして窓を拭いているのを見て俺は全てを理解した。
時々目が合って微笑んだり、手の動きがシンクロしてしまって笑い合ったり……最初からこれがやりたかっただけだろ、こいつ。
修も意外とまんざらではないようで、以前より二人の距離が縮まっているように見える。部活が始まるまでの数日間に、何らかのイベントが二人の間に起こったのかもしれない。いや、絶対に何かあったな。芽多ならきっと何かやるだろうという嫌な信頼がある。
まあ主人公じゃない俺には関係のない話だが。
「じゃあ友田先輩、オレはこっち側からやるので」
「あ、おう」
天世は箒を持って、部屋の反対側の奥からサッサと掃除を始めた。
第一印象は芽多に続くヤバいやつ枠かと思ったが、意外と普通っぽい。無口で何を考えてるか分からんけど。とりあえず俺も箒を手に、適当に掃き掃除を始める。
ちなみに掃除用具は芽多が全部用意していた。100均で買ったそうだ。準備万端なのはいいが、使った後どうするんだこれ。
きれいな床を黙々と掃いていると、不意に部室の外でガシャンと何かを落とす音が聞こえた。見ると、夏先輩が運んでいたパイプ椅子が落ちたらしい。
俺は箒をその辺に立てかけて外に出た。
「夏先輩、大丈夫ですか」
「……うん、ごめん。力仕事は苦手みたい」
俺が駆け寄ると、夏先輩は不思議そうな顔で自分の手と落としたパイプ椅子を見比べながらそう言った。
「こっち俺がやるんで、夏先輩は掃き掃除の方やってください」
芽多のやつ、適当な指示投げやがって。向日葵はともなく夏先輩なんて見るからに力がなさそうなのに。明らかに配置ミスだろ。
「でも……」
「いいから、適材適所ってやつっすよ。こんなつまんねーことで怪我でもしたらアホらしいし」
「そうだね。ありがとう、友田くん」
夏先輩はあっさり引き下がると、歩いてるんだか走ってるんだか分からん速度で、てってこ部室の方へと向かっていった。
俺は気を取り直してパイプ椅子を拾い、広い通路の方へと持っていく。
その後、向日葵のところに戻って長机に手をかけた。
「おーい向日葵、そっち持ってくれ」
「……あ、はいっす」
何故かぼけっとしていた向日葵は俺の言葉で我に返ったように、長机の反対側を危なげなく持ち上げる。やっぱ力あるなこいつ。一人で運ぼうとしてたみたいだし。
「……友田先輩、意外と優しいんすね」
「え? なに急に」
「芽多先輩と喧嘩してる印象しかなかったから、怖い人なのかなって」
「喧嘩? してるように見えたか?」
「えっ?」
適当な場所で長机の脚を出して自立させる。後は雑巾で拭けば終わりだ。
「あんなもん、喧嘩のうちに入らねーよ。ツッコミだな、ツッコミ」
「……芽多先輩のこと嫌いじゃないんですか?」
「嫌いとか好きとか、そういう段階じゃない。どうでもいい。たぶん
近くに花壇用の水道があったので、雑巾を一枚濡らして戻ってくる。
テーブルでも窓でもそうだけど、下手に濡らすと拭き跡が残って余計汚くなる気がするから、もう一枚の雑巾は濡らさず乾拭きに使おう。
「友田先輩って……いえ、いい人なんすね」
「いやいや、単に他人に興味がないだけだから。……よし、向日葵は乾拭きしてくれ。俺は椅子の方をやるから、そっち終わったら椅子も頼むな」
「はいっす。……でもさっき、なっちゃん先輩を助けてたっすよね」
「いや、あそこで無視したらイメージ悪いだろ? 一応世間体を気にしてんの」
「なるほど……」
いくら他人に興味がなくても、人間は一人じゃ生きられないからな……世間一般の常識に合わせて行動しないと、面倒が増えるばかりだ。
「……他人に興味がないのに、どうして他人に優しいんすか?」
「あん? 別に優しいわけじゃないって」
「世間体、ですか」
「それもある。けど、一番の理由は、楽だからだろうな」
「楽っすか?」
「他人に興味がないから、優しいフリができるんだよ。正直相手がどうなろうと知ったこっちゃねーから、本当に相手のためを思うなら~とか考えずに、当たり障りのない手触りのいいことだけ言える」
「芽多先輩とは喧嘩してるみたいに見えましたけど」
「芽多は別。あいつは俺に対して辛辣だから、こっちも似たような感じで返してるってだけ」
「特別なんすね」
「違う。それは例外っつーんだ。でもまあ、誰しも俺と似たような感じなんじゃねーの。例えば雑談で最近食生活が乱れててーとか笑ってるところに、マジなトーンでそれは改善するべきだしこのアプリを使えば云々なんて言い出されたら白けるだろ」
「まあ……そうっすね」
「人間関係なんてそんなもんよ」
「……それじゃあ友達って、なんなんすかね」
「友達? 向日葵みたいな陽キャでも人間関係に悩むことがあるのか?」
「あはは……」
笑って流されちゃったよ。
こいつ、意外と大人しい性格なのか? 第一印象は完全に陽の者って感じだったけど、話してみないと分からないもんだな。
もしくは、俺が警戒されてるだけとか……うん、一度顔を合わせた程度のよく知らない男だし、あり得そうだ。
つーかあれだな。単純作業で頭が手持ち無沙汰って感じだったから、なんかちょっと真面目に恥ずかしい話をしちまった。
まあ、こういう気恥ずかしさも青春ってやつの一部なのかもしれないな。
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