新入部員

 ポスターを掲出してから三日も経たないうちに、部員が集まった。

 集まってしまった。しかも三人。

 こんな怪しげな部に入ろうとする人間はまずいないだろうと思っていたのに、不思議なこともあるものだ。

 まあ、全学園生が何らかの部活に入らなければ退学という一大事。今はまさに需要のピークってことなんだろう。他の部も似たような感じなのかもしれない。


 俺たちは新しく入部を希望してくれた三人を交えて、休憩スペースの一角を陣取っていた。

 移動式の簡易なパーテーションで仕切られた空間が他にもいくつか点在していて、皆似たようなことをやっているんだなと思う。

 現在、急ピッチでプレハブ小屋みたいな部室棟が建てられているが、それが完成するまでは休憩スペースが賑やかになりそうだ。まあ新工法の組み立て式とやらの建物だから、すぐに完成するという話だけど。


「えー……どうも、俺がメタ部部長の望月修です。二年生です」

「同じく、私は副部長の芽多晴よ」

「……ヒラの友田龍です」


 いつの間に芽多は副部長になったんだ。まあ俺に面倒が回って来ないなら何でもいいけど。


「では一人ずつ順番に自己紹介をお願いします。えーとじゃあそっちから」


 部長になってしまった修がこの場を仕切り、新入部員との顔合わせが始まった。


「一年の天世あまよまことです」


 最初は一年生の男だ。

 見た目はなんというか……ワイルドというか、クールというか。切れ長の目に、やや癖のある真っ黒な髪。背はそれほど高くないが、引き締まった体がなんとなく野生動物っぽさを感じさせる。制服をカッチリと着ているので真面目なやつなのかもしれない。


「一つ聞きたいんですが、この部って、メタハゥール・ケレォとは……」

「え? なんて?」

「……いえ、なんでもありません」


 ……なんだか意味不明な単語を呟いた後、天世はこれで自己紹介は終わりだとばかりに黙り込んでしまった。

 まさか、まさかとは思うがこいつも、芽多みたいに変なやつなのか……?


「……じゃあ次、隣の人」

「はい! 同じく一年の向日葵ひまわりさくらです!」


 声でっか。あと立たなくていい。

 元気いっぱいな一年の女は、ピンク色のショートボブがまぶしく輝く、陽キャ全開なやつだった。髪飾りやピアスがキラキラしていて、どこに目をやっても派手な印象を受ける。


「ヒマワリと桜ね……夏と春がいっぺんに来たような名前ね」

「えへへ、それほどでもぉ……」


 芽多の適当な感想に、向日葵はテレ顔を見せる。今のは褒め言葉だったのか?


「あ、部活に入ったらダイエット、頑張るっす!」

「ダイエット?」

「あれ? ここってメタ部じゃあ……」

「違うわ。メタ部よ」

「ええーっ!?」


 なるほど、メタボ部と間違えたのか。

 なるほどじゃねえよメタボ部ってなんだよ。

 向日葵は別に太っているようには見えないが……まあ、胸は大きいな。太腿もまあまあムチムチしている。でもメタボには程遠いし、むしろ健康的に見える。とはいえ、他人にどう言われようと気になるものは気になるから仕方ないか。


「ていうか、メタ部ってなんですか?」


 こてんと首を傾げながら向日葵が疑問を口にする。正直それは俺も聞きたい。


「そうね、例えるなら、『世界五分前仮説』のような思考実験をする部よ。ダイエットとは全く関係ないけど……一応散策などはする予定よ」

「ほぇ~、なんかわからないけどかっこいい! 入部します!」

「そう、よかったわ」


 なんだかわからないが向日葵は入部することになったらしい。いいのか?


「んじゃ、最後の人どうぞ」

「三年の夏秋かしゅうなつです……一番最初に見つけたポスターがこの部だったので入部届を出しました」


 最後は三年の女……なんかダウナーな雰囲気だな。

 しかし入部の動機が適当すぎる。まあ俺もこの部がなかったら似たようなことをしていたかもしれないが。

 見た目は清楚な感じで、アッシュブロンドのロングヘアが目を引く。背が低く、細身で色白、なんとなく影が薄い。人形みたいに顔が整っている。


「春と冬を置いてきたような名前だなあ」

「向日葵さんと組み合わせると冬以外はコンプリートしたことになるわね」

「あんたら何の話してんだ」


 修と芽多がボケを重ねてくるから俺が突っ込みに回らざるを得ない。


「えーと……夏秋先輩? この部、部長も副部長もこんな感じで結構アレなんですけど……大丈夫ですかね?」


 一年生の二人が入れば部活立ち上げのための規定人数には達するので、ノリが合わなさそうなら、先輩には無理に入ってもらう必要はない。そんな親切心から俺が声をかけると、夏秋先輩はじっと俺の目を見つめてきた。


「……青春できるなら、なんでも」

「は? 青春?」

「学園長も言ってた……若人よ、青春せよって。だから……私のことは名前で呼んでもらって構わないから」

「だから、とは?」

「なっちゃん先輩ですね! よろしくっす!」

「よろしく桜ちゃん……」


 困惑する俺をよそに、向日葵がすごい勢いで距離を詰めていった。先輩の手を握ってぶんぶんと振っている。俺がやられたらウザいノリだと振り払いそうだが、夏先輩はまんざらでもないようだ。


「ふふ、いい部になりそうね」

「本気で言ってる?」


 満足そうに頷く芽多に俺は思わず突っ込む。いい部になりそうな要素あるか?

 天世は妙なことを口走った後は一切喋っていないし、向日葵はボケ倒していくタイプの陽キャだし、まともそうに見えた夏先輩はダウナー系のボケだった。修は無意味な嘘をつく悪癖があり、芽多は最初から狂っている。ダメだ、圧倒的に突っ込みが足りない。このままだと俺が過労で死んでしまうかもしれない。


「それで、いつから活動をしていくの……?」


 向日葵に抱きつかれながら、夏先輩が芽多に質問した。一応部長は修ってことになっているけど、この部の実質的な支配者が芽多であることはバレバレなようだ。


「メタ部が正式な部として認められた後、部室が割り振られるはずよ。まずは部室を過ごしやすいように整えることから始めましょう。活動はそれからね」

「部室……今建ててるあれ? 一週間くらいかかるって聞いたけど……」

「そうね、このタイミングで新規に立ち上げられる部はあの部室棟が割り当てられるでしょうから、それまでは……まあ、各自で準備していて頂戴」

「わかった……」


 夏先輩は少しがっかりした様子で頷いた。まあ実質、一週間かそこらは部活動はしないってことだから、青春したいと言っていた夏先輩からすればお預けを食らったようなものなのか。

 というか芽多のやつ、先輩に対しても全然態度が変わんねえな。こっちがヒヤヒヤするんだが。


「おい芽多、先輩には敬語を使っとけよ」

「は? 高校生でもあるまいし、誤差程度の年齢差で敬う必要がある? これが仕事だったらむしろ私が敬語を使ってもらうべき立場よ?」

「いや仕事じゃねえし……すんませんね、夏先輩。こいつこういうやつなんで」

「気にしてない……むしろ嬉しいかも」

「聞いたか芽多。あの懐の深さ、お前が見習うべき姿だ」

「うっさいわね。本人もいいって言ってるんだから外野が口出ししないで頂戴」


 こいつ……俺がなんとか人間関係を円滑にしようと頑張っているというのに。

 まあ、夏先輩もかなり変わり者っぽいし、そんなに気を使う必要もなかったか。


         ◆


 その後、適当に雑談してから解散となった。

 修が三枚の入部届を提出に行った後、俺はなんとなく芽多に話しかける。


「……さっきの新入部員たちに、この世界が恋愛ゲームだとかいう話をしなくて良かったのか?」

「あら、やっぱり友田ね。考えが浅いわ」

けなすか質問に答えるかどっちかにしてくれる?」

「あの場で私が真実を話していたら、ドン引きされて入部を取り消されるかもしれないでしょう? だから黙っていたのよ。届けを出した後ならどうとでもなるわ」

「えー……こわ……」


 世界=恋愛ゲーム論が普通の人間にはドン引きされる類のものだっていう自覚はあるのか……こいつ、狂人なのかまともなのかよくわかんねえな。

 というか、やろうとしてることがどことなくカルト宗教のソレっぽいんだが。学園長の視察が来た時大丈夫なのか?


 退学の不安はなくなったものの、新たに大きな不安を抱えることになったまま、新しい学園生活が始まろうとしていた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る