ポスター作りという名の雑談


「……部活動の立ち上げ申請、どうして紙で提出なのかしら。変なところでアナログよね、この学園」


 修を部長にしたせいで俺と二人で居残りをする羽目になってしまった芽多は、不機嫌な声を隠そうともせずに呟いた。


「本来は申請フォームがあるらしいぞ。ただ一日に何十件も申請が来ることなんて想定した作りにはなってないからな。今回の件でシステムがパンクするだろうってことで、急遽紙での申請に切り替わったんだと」

「ふうん。どうでもいいことは詳しいのね、友田って」

「俺も噂で聞いただけだ」


 芽多はバッグからタブレットを取り出して、ポスターのデザイン作りを始めた。

 専用のソフトが入っていたり、結構手慣れたりしているところを見ると、前の学園ではそっち方面を専攻していたのかもしれない。

 当然、俺にできることなんて何もない。完全に手持ち無沙汰だ。

 こうして修抜きで芽多と二人きりになることなんて初めてだったから、気まずくて仕方がない。仲が良いわけでもない相手の近くに座っているという苦痛、その息苦しい空気から逃れようと、俺は適当に口を開いた。


「芽多はよー……本気で自分がヒロインだって信じてるのか? この世界が本当に恋愛ゲームの中だと思ってる?」

「何よ。最初からそう言ってるじゃない」

「それはいつからだ? 生まれた時からか?」

「なんでそんなこと聞くのよ」

「いや、ただの好奇心。それにこういう話し合いは部活の内容にも沿ってるだろ」

「……それもそうね。実のところ、覚えてないのよ。いつの間にか私は自分がヒロインだということを

「知っていた?」

「そう。そして、主人公を見つけられなければ自分の存在意義が消滅するっていう強迫観念みたいなものに突き動かされて、学校を点々としたの。高校を卒業しても見つからなかった時はさすがに絶望しかけたわ」


 意外と話に乗ってきてくれることに内心驚きつつ、俺はどうでもいいような相槌を打つ。


「ほーん。で、この学園でようやく見つけたと」

「ええ、ひと目で分かった。あの瞬間、私は恋に落ちたわ」

「恋にって……いや、それはどうなんだ? 製作者の思い通りになるのは気に入らないんじゃなかったのか?」

「初めは私もそう思っていたわ……今でも少しは思ってるけど。どうしてこんなに辛い思いをしてまで、本当にいるかどうかもわからない主人公を探さなくちゃならないのかって。でも、実際に修くんを見たらそんな思いは悪い夢みたいに消えてなくなったの。私はこの人と出会うために生まれてきたんだって心の底から思ったわ」


 素直に自分のことを話し続ける芽多に、俺は薄気味悪さを感じていた。

 自分がヒロインであるという妄想に取り憑かれたこいつは、頭の先まで自分で作り出した世界観にはまり込んでしまったのだろう。

 主人公……つまり一目惚れするような運命の相手が見つからなければ、自分の存在意義すらない。そう思い込んで、それでもそんな相手なんてめったに見つかるものじゃないから、どんどん絶望していって。

 この歳になるまでずっとそうやって生きてきて、その末にやっと修を見つけたのだ。そりゃまあ、全力でかかってくるよな……なりふり構わず、手段を選ばずに。


「でもこの世界が恋愛ゲームだって言うならよー、芽多の修に対する恋愛感情も、製作者とやらにプログラムされたものってことになるんじゃねえの?」


 なんとなく気に入らない気持ちになった俺は、そんな風に意地悪を言ってみる。

 しかし芽多は怒るでもなく、タブレットに視線を落としたまま静かに答えた。


「きっと、そうなんでしょうね。でもいいの。分かったのよ。幸福かどうかなんて、自分の中だけで完結するものなんだから。与えられた役割を全うすることこそが私の幸せ……っていうと、勘違いされそうだけど。本気で幸せだって思ってるのよ。たとえそれが作り物だとしてもね」


 悟ったようなことを言いやがる。こいつの中では、この世界は恋愛ゲームだということに決まってしまっている。自分は作り物、偽物なんじゃないかという点に対しても、自分の中で勝手に答えを生み出して、理論武装してしまっているのだろう。

 気に入らないな。

 ごっこ遊びをするなら勝手にしろって感じだが、俺を巻き込むのは勘弁してくれ。


「じゃあ、なんで最初は部活を作らないとか言ってたんだよ」

「それは私の幸せには直結しないと判断したからよ。まあ、ちょっとした反抗心ね。結局、それも製作者側から修正されてしまったけど」

「製作者ね……」


 こいつにとっては、この世界がゲームであることが前提になってしまっている。俺が何を言ったところで無駄なようだ。


 こいつが転校してきてすぐに学園長が交代し、変な規則が追加された。

 それを踏まえるとやっぱり、芽多が何かをしたとしか思えない。

 この世界がゲームであると俺たちに信じさせるために、裏から手を回して学園長を代えさせた、とか。

 何故そんなことをするのかは分からないが、芽多がなんらかの強大な権力を持っているとすれば不可能ではない。もしそれが真実だとすれば、こいつは心底狂っているということになる。

 ……我ながら、かなり強引な陰謀論みたいになってきているが、この世界がゲームだという説よりはよっぽど説得力があるだろう。

 あるいは……俺はただ巻き込まれただけ、なのかもしれないが。


 その後、修が戻ってきてからポスターを印刷して掲示許可をもらい、掲示板に貼り付けて解散となった。

 結局俺、何もしてないな。まあ、今後もするつもりはないが。


         ◆


 修たちと別れた後、俺は医務室にいた。

 いつもと変わらない格好をした健康相談員の女と向かい合っている。


「新しい学園長について」

「うーん、ちょっと分からないなあ」

「はあ? 本当かよ……?」

「ごめんね」

「お前が俺に隠し事をしたり、嘘をついたりするってことはあるのか?」

「……」


 女は黙ったまま、微笑を浮かべたその表情を一切変化させない。

 言えないが、そういうこともあるってことか?


「治療に支障はないと判断しています」

「そうかよ」


 何か含むところがあるのは間違いないが、心配するなと。

 そう言われてもな。信用ならないってのは嫌なものだ。

 俺はため息をついて医務室を後にした。








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