部活は絶対作らない

 翌日の朝。講義室に入ると、まだ人はほとんど来ていなかった。

 いつものように俺は修の隣に座る。

 周りを見回して、芽多の姿が見当たらないことにホッと胸を撫で下ろす。


「今日も早いな」


 俺より早く来ているくせに、修は挨拶代わりにそんなことを言った。


「人が多い時間帯は苦手なんだよ。あの女はまだ来てないよな?」

はるのこと?」

「名前呼びかよ……え、まさか付き合うことにしたの?」

「いや、今のところそんな予定はないけど」


 いきなり名前で呼ぶものだから、昨日の帰り道に何かあったのかと驚いた。

 まあ修は来る者拒まずって感じだから、名前で呼んでくれと言っていた芽多の要望を普通に受け入れただけなんだろう。


「しっかし、あいつ何なんだろうな」

「転校生だろ」

「そういうことじゃなくて。あれ、絶対ラノベとかに影響受けてそのまま引きずってるやつだろ。この歳になってまでそれってどうよ?」

「いいんじゃないの。夢があって」

「この後の展開が予想できちまって、嫌な予感しかしないんだよな」


 そう、俺は昨日から嫌な予感を覚えていた。

 絶対に面倒なことが起こる、そんな気がする。


「嫌な予感って?」

「ラノベだと大抵ああいうキャラは、自分のクラブ活動を作りたがるんだよ。特に中身のない、よくわからんやつ。そんで、放課後は部室でダラダラするってのが王道のパターン」

「龍ってラノベ読むんだな……意外……」

「そこはいいだろ別に」


 そんなことを話していると、講義室に芽多が入ってくるのが見えた。

 奴は迷うことなくまっすぐにこちらへ歩いてきて、昨日の再現みたいに修の隣に座った。


「おはよう、修くん。早いのね」

「新聞配達してるから」

「へえ……偉いのね」

「それほどでもない」


 この感じ、修はまたしれっと嘘をついているな。

 と言っても、修が朝早く学園に来ている理由は俺も知らなかったりする。聞いてみても「なんとなく」としか言わないんだよな。本当に新聞配達をしている可能性もなくはないか。あるいは俺と同じように、人混みが嫌いなだけか。

 そして芽多のやつは当然のように俺を無視してやがるな……まあ朝から口論するよりマシか。

 とか思っていたら、意外なことに芽多は俺にも声をかけてきた。


「そっちの友人A……とも……モブ田も、おはよう」

「……おはよう。友田だけどな。なんでわざと間違えたの?」

「ごめんなさいね。存在感の透明度があまりにも高かったものだから」

「答えになってねえけど、過分な評価をありがとうよ」

「あら? 今、皮肉を言ったのだけれど……ご理解頂けなかったのかしら……」

「そりゃこっちのセリフなんだよなあ……」


 結局バチバチとやり合うことになってしまった。

 というか、なんでこいつはわざわざ俺にも声をかけてきたんだ。一応、修の友人だから無視するのは印象が悪いとか考えてんのかな。将を射るならまず馬を射よって感じで。……普通に射殺されそうだけど。


「そういえば、晴って部活とかどうすんの?」


 俺たちの言葉の殴り合いが一区切りつくと、修が芽多にそんなことを聞いた。


「部活?」

「龍が言ってたんだよ。晴は部活とか作りそうだって」


 おいおい本人に言うんじゃないよ。

 修はこういうところがあるんだよな。空気が読めないんじゃなくて、わざと読まないやつ。


「龍……? まさか修くん、ドラゴン族のお知り合いが……?」

「いや、龍ってこいつのことね」

「ああ……」


 修が俺を指差すと、芽多は急に死んだような目になった。ここまで露骨に態度を変えられると逆に面白くなってくるな。


「部活は絶対に作らないわ」


 意外なことに、芽多はきっぱりとそう言い切った。

 予想が外れたか。というか、むしろなにか理由がありそうな言い方だ。


「主人公とヒロインが放課後に益体のない部活動で仲を深めていく……それはお約束ではあるけれど、そんな製作者の思惑が透けて見える流れには乗りたくないの」


 製作者って誰だよ。ご両親か?


「つーか矛盾してるだろそれ」

「なによ友田。修くんとの会話に口を挟まないでくれる?」

「自分がヒロインの役割を演じるのはいいのかって言ってんの」

「それはいいのよ」

「なんでだよ」

「アイデンティティだからよ」

「意味がわからん」

「はあ……これだからモブは……いい? 私がヒロインであるのは純然たる事実。私はヒロインであって他の何者でもないの。だから主人公である修くんを探していたのよ。でもね、ここからは好きにやらせてもらうわ。私がつまらないと感じるお約束の展開なんて許さないということよ」


 なんだかんだ言いながらしっかり長文で説明してくれる。律儀なんだかよくわからない奴だな。


「ほーん、下手に部活を作ってライバルが増えると、自分が負けヒロインになるかもしれないからやらないと」

「ふん、安い挑発ね。舐めんじゃないわよぶっ転がしてやりたい」

「本音が出ちゃってるじゃん。キャラ崩れかけてるぞ」

「私のキャラ作りは完璧よ」

「自分でキャラ作りって言うのか……まあそれはともかく、部活に関しては芽多の意見に賛成だ。むしろお約束展開が来たらダルいなって思ってたから助かる」

「友田と意見が合うとは驚きね。長生きはしてみるものだわ」

「歳いくつだよ……」


 とまあ、そんな具合に芽多と長く喋ったのは朝だけで、その後一日はほとんど芽多と修だけが話していた。いちいち小競り合いするのも疲れるからな。

 とにかく俺としては部活を作るなんて面倒なことに巻き込まれなくてよかったと安心してその日を過ごしたのだが……問題は次の日に起こった。


         ◆


 翌日、講義が始まるのを待つばかりという時間、壇上に上がった講師は何やら難しい顔をしながら口を開いた。


「今日は緊急の朝礼というか、講話があります。静かにしてモニターを見て下さい」


 言われた通り、講義室の各所に吊り下がっているモニターを見ると、高級そうな調度品が整えられている部屋が映し出された。そこに立っているのは白髪の男で、どこかで見たことがあるような顔だった。


「誰?」

「知らね」

「副学園長でしょう……どうして転校生の私しか知らないのよ」


 芽多によるとどうやら副学園長らしいその男は、手元の紙を見ながらぽつぽつと話し始める。彼にとってもこの講話が急なことだったらしいことが窺える。


『えー、突然ですが……昨日学園長が退任され、新しい学園長をお迎えすることになりました。学園の皆様にはその挨拶と、今後の運営方針などについてお話があるということで……』


 モゴモゴと語尾を曖昧にした後、副学園長が画面の外に引っ込む。

 少し間があり、別の人物が画面に登場した。


『はじめまして、皆さん。この度新しく学園長に就任しました、シグルと申します』


 現れたのは、画面に収まりきらないほどの長身だった。

 慌ててカメラが後ろに下がり、その全身を映す。

 それは、ドレッドヘアにサングラスをかけた黒人男性だった。

 黒いスーツ越しにも分かるくらいに膨張した全身の筋肉、体の前で組んだ手の甲には蛇のような血管が浮き出ており、首の太さは丸太のように見える。


「バトル漫画の強キャラじゃん……」

「学園長の椅子は戦って勝ち取るものらしいからな」

「あら、この学園ではそうなの?」

「んなわけねーだろ。修も適当なこと言うな」


 学園長というよりはそのSPと言われたほうがしっくり来るようなその男は、ゴツい見た目に似合わない穏やかな低音の声で、続けて話す。


『さっそくですが、私はこの学園の改革に取り組んでいきます。まずは基本方針から。現状、この学園はどちらかと言えば進学寄りのカリキュラムになっていますね。これをもっと自由に、起業なども視野に入れた方向へと変えていきます。具体的には単位を今よりも柔軟に取れるように……』


 その強烈な見た目に反して、語る内容はごく真面目なものだった。

 高校を卒業した後、直接大学に進学したり就職したりせずに学園に入るような人間は、確かに起業などを考えている場合もある。この学園では主に大学進学へのサポートに力を入れているから、そこに起業という選択肢が加わるのは悪くないのかもしれない。


「何言ってるのかよくわからん」


 腕を組んだ修が唸る。


「クラス学年関係なく講義に出れるようになるとかじゃね。それか、クラス制自体がなくなるとか。新しいカリキュラムも増えそうだし」

「友田……あなた単なるチャラ男じゃなかったのね。見直したわ」


 芽多はわざとらしく口元をおさえて、驚いた顔をする。

 言い返そうかと思ったが、まだ新学園長の話が続いているので自重しておいた。


『……そして最後に。私は、青春というものを愛しています。若い頃にしかできないことは多く、しかしそれを成す時間はあまりにも短い。皆さんにはこの限られた時間を青春に費やして頂きたい。そこで、学園規則を一つ追加します。全学園生は、必ず何らかの部活動に所属し、活動すること。これを破る者は退学とします』


 ……この新学園長、最後にとんでもないことを言わなかったか?








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