メタな彼女と
高山しゅん
第一章 メタな彼女と共通ルート
ヒロインと主人公とモブA
「
ワインレッドの長い髪、整った顔立ち、背が高く、モデルのように足が長い。
彼女は講義室を見渡した瞬間、何かを見つけたように目を大きく見開くと、いきなり歩き始めた。
コツコツと革靴の音を鳴らし、迷いなく机の間を通り抜けて歩いてくる。
かなりの早足だ。こっちに向かって歩いてくるように見える。
何事だ、とどよめきが起きる。講師も困惑の表情を浮かべている。
彼女は俺たちの間近で立ち止まると、言い放った。
「やっと見つけたわ。あなたが主人公ね」
そう言われた当人……俺の隣に座る
「はあ……?」
「私はこのゲームのヒロインよ。よろしくね」
「ゲーム?」
「ああ……いえ、気にしないで頂戴」
こいつは何を言っているんだ?
俺の気持ちを代弁したようなざわめきが周囲から聞こえてくる。
「あー……芽多は適当に空いてるところに座ってくれ」
講師は何も聞いていなかったふりをして、さっさと講義を始めるつもりらしい。
そして転校生……芽多は、当然のように修の隣に座った。
講義室には年季の入った木の長机と、人が座っていない時はバネで自動的に畳まれる椅子が備え付けられていて、誰がどこに座るのも自由だ。俺と修はいつも並んで座っているため、芽多が来たことによって修を挟むような形になった。
「おい修、どうすんだよ」
顔を近づけて小声で話す。
控えめに言っても、芽多という女の第一印象はヤバい。どこぞのラノベにならこんな痛いキャラがいても不思議ではないが、それを実生活に持ち込んでいいのはせいぜい中学生くらいまでだ。
「どうって言われてもなあ……」
「明らかにヤバいだろそいつ。妄想と現実の区別がつかない系じゃねえの」
「でも可愛いよな」
「まあ、顔はな」
「スタイルもいい」
「だな」
「というか、まだちゃんと話してない相手のことを悪く言うのは良くないぞ」
「ん……それもそうか」
俺は修に言われて少し反省した。
確かに、第一声がヤバかっただけで全てがヤバいと判断するのは早計だった。
「何をこそこそ話しているのかしら?」
「株価についてちょっとな」
修は真顔で嘘をついた。
今に限らず、こいつはちょくちょくこういう発言をする。冗談かマジなのか分からない時があるのでやめて欲しいと思っているが、本人は改めるつもりはないらしい。
「あら、株に興味が?」
「いやまったくない」
「それは残念ね」
残念なのかよ。
しかし確かに、思っていたよりも普通に会話できている。
さっきゲームがどうとか言っていたのは何かの間違いだったのかもしれない。
「あー、芽多さん? 講義もう始まってっから、お喋りはその辺で……」
「誰よあなた」
油断して軽く話しかけたら、氷のように冷たい口調で返された。こわっ。修と話していた時と声のトーンが全然違うんだけど。
「見ての通り、修の友達だよ。
俺が自己紹介をすると、芽多は値踏みするような目を向けてきた。
「ふうん。主人公の親友ポジね。軽薄そうな茶髪がそれらしいわ」
「ひょっとして俺バカにされてる?」
「あら、見た目より頭はいいのね」
あ、駄目だ。俺こいつとは絶対に仲良くできないわ。
「あのなぁ……つーか、さっきから主人公とかって、何の話だよ?」
「モブAに話すことなんて何もないわ」
「誰がモブAだこら」
「それについては俺も聞きたいんだけど」
「修くんのためにだけ説明するわね」
「こいつ……」
修が会話に加わった途端、芽多は声のトーンを一段上げた。態度の違いが露骨すぎるだろ。しかもいきなり修のことを名前呼びしてるし。つーか名前知ってるってことは、さっきの俺たちの会話も聞こえてたな?
「あなた達には信じられないかもしれないけど、この世界は恋愛ゲームの中なのよ」
芽多は胸を張ってそう言った。言い切った。
軽く
「……何言ってんだお前?」
俺の口から脳を経由していないくらい素直な言葉がポロッとこぼれた。これはもう仕方がないだろう。きっと俺じゃなくたって同じリアクションになる。
「モブのくせにお前呼ばわりするのはやめて」
「じゃあ俺のこともモブ呼ばわりすんな」
「おいおい、いきなり喧嘩するなよ」
「ごめんなさい修くん」
「ちっ……」
もはや講義の内容などガン無視で話しているが、講師に注意されることはない。
基本的にこの学園の講師は事なかれ主義というか、学園生に対してあれこれ言うこと自体がほとんどないのだ。
「話を戻すわね。この世界は残念ながら本当の世界じゃないの。作られたゲームの世界なのよ。私たちはその登場人物というわけ」
「ほう……それで、俺が主人公だと」
修が適当な感じで相槌を打つと、芽多は嬉しそうに微笑んだ。
「そうなのよ。やっと出会えたわ」
「つまり、芽多さんがヒロイン?」
「少し照れてしまうけど、その通りよ。あと私のことは
修と会話しながら頬を赤らめる芽多。実に楽しそうだ。
俺はわざとらしくため息をついてみせる。
「何言ってんだか。アホらし」
「アホの友田は黙ってなさい」
「名前覚えてくれてありがとよ、芽多。ついでにどこかで落っことしてきた常識も拾ってきてくれ」
「私以上に常識を持っている人間はこの世界にいないわ」
「本気で言ってそうで怖えな……」
自分は何一つ間違っていないと言わんばかりのまっすぐな瞳をしてやがる。俺は思わず目をそらした。
芽多の主張は単純だった。
この世界は誰かが作った恋愛ゲームの中で、ヒロインである芽多は主人公の修をずっと探していたのだという。
なんだ、そういうことかよ、と俺はため息をつく。
運命の相手だとか、白馬の王子様だとか、そういった思春期に
まったく、この世界がゲームなわけないだろ。
◆
放課後、芽多は修にくっついて帰っていった。というか一日中あいつは修にべったり貼り付いていて、俺にとっては居心地が悪いったらなかった。
俺は二人と別れた後、すぐには帰らずに医務室へと足を運ぶ。
医務室の扉を開けると、健康相談員の女がこちらを見た。
黒髪のポニーテールにメガネ、白いマスクをつけている。白衣の下は黒いスーツのようだ。
「おい、ちょっと聞きたいことがある」
「先生にはもう少し丁寧な言葉遣いの方がいいんじゃない?」
「……はぁ?」
俺は医務室の中を見回す。が、ベッド周りのカーテンは開かれていて、誰もいないようだった。
「誰もいねえじゃん……」
「念のためね。座ったら?」
「別に長話するつもりはない」
「そう。それで、聞きたいことって何かな」
「あの芽多って女は何なんだ?」
「めた……?」
「転校生だよ。今日いきなり現れた」
「うーん、ちょっと分からないなあ」
「そうか」
「ごめんね」
「いや、別にいい。じゃあな」
「友田さん」
医務室を出ようとする俺の背中を、女の声が呼び止める。
「なんだよ」
「新学期ですが、調子はどうですか?」
「おかげさまで。順調だと思うよ」
「卒業、できそうですか?」
「……たぶんな」
「それは良かった」
あの芽多とかいう女が変なことをしなけりゃな、と俺は心の中で呟いて、その場を後にした。
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