ガンボ、体に針を刺される


未だにヒリヒリと痛む左耳を抑えながらガンボは帰途に着いていた。

あの後、何度もミリアに謝られることになった。


「酷い目にあったな」


左耳に手を添えてガンボは言う。

初めての耳かきに挑戦したミリアの一撃は痛烈なものだった。だが同時に右耳から感じる温かな感覚もガンボはしっかりと意識していた。

薬師のババアが繰り出した耳掘りの妙技。

身体の内側をまさぐられる感覚。それは今までにない経験だ。その感触を思い出しながらガンボは里の外れにある薬師のいおりから自分の家へと戻っていた。そうして里の中心に戻って来た時、ガンボは見覚えのある顔を見つけた。

短く刈り込んだ金髪に、樽のようにがっしりとした体つき。青い瞳は力強い光に満ちている。里に定期的に出入りしている冒険者のジャックという男だ。


「おう、ガンボ」

「ジャックさん。もう里を出ていくんですか?」

「依頼人の判断だよ。お前が枝を取って帰って来たからな」

「ああ、そうですね」


ジャックに言われてガンボはうなづく。彼がこの里に定期的に訪れるのは薬の原料となる『神の木』の枝を取るためだ。『神の木』の頂上は高く、並の者では到達することは適わない。この22年の間、森の民で枝を取って来るものはいなかった。ジャックはその並でない者の一人だった。


「俺は一本しか枝を持って帰っていないから、登ればまだ取れますよ」

「まぁ、その辺りは依頼人の判断だからな。あそこにいる連中みたいにな」


ジャックの視界の先には5人ほどの男が集団になっていた。

余所者の男達。彼らはこれから『神の木』の頂上に挑む者たちだ。

しかしその一団を見てジャックは言った。


「まぁ、あいつらは全員死ぬだろうがな」

「無理ですか?」

「無理だな。装備も人数も多すぎる。実際に登ってみて分かっただろ? あの木は硬すぎて鉤だの杭だのはまともに刺さらない。人数が多くなるとその分動きも遅くなるしな。ナイフと水と携帯食料だけ持って素手で一人で登るのが正解だよ」


実際にこの男は一人で登り、ガンボが5日かけた道のりを2日で戻って来る。なのでガンボは頂上を目指すことを決めた2年前から何度となく攻略法を聞いていた。そのために道半ばで力尽きた挑戦者たちが木のうろの中や大きな枝の上で干からびて死んでいるのも知っていた。もしも前もってそういうことを知らなければガジベのように途中で怖くなり降りてしまっていただろう。


「それに薬の値段の話もある」

「値段が代わるんですか?」

「そりゃ、変わるさ。もう俺が取って来なくても、お前が自分で登って取れるんだからな。だがここで下手に値段を決めちまったら依頼主である商会は今後大損さ。そんな重大な判断は現地にいる使い走りには出来やしねえよ」


『神の木』の若葉は薬になるがジャック達が枝を取って来ても、彼らがそのまま王国へ持って帰ることはない。なぜならば、それを薬に精製出来るのは薬師のババアだけなのだ。これまでジャックの依頼人たちは何度も枝だけを持ち帰り薬を生成しようと試みていたが、彼らは結局ババアの作った薬を買い続けていた。それはつまり薬の精製が出来なかったということだ。この薬を売った金は里の重要な貨幣の獲得手段となっていた。


「あの婆さんの作る薬はちょっとおかしいからな。うちのギルドマスターがいうには神酒ソーマ霊薬ネクタルに匹敵するらしいぞ」

「よくわからないけど、凄いんですね」


森の中しか知らないガンボにとって神酒や霊薬がどういうものなのかは分からないが、ババアの薬の効果は知っている。そしてこれからは自分がジャックに変わって『神の木』の枝を取って来ることになるのだ。


「まぁ、これで俺もお役御免だな」

「やっぱり、もう里には来ないんですね」

「そうだなぁ、A級冒険者ってのは雇うと高くつくんだよ。本当ならこの仕事に関しては無報酬で受けてもいいんだが、そういうのをすると下の連中に示しがつかないからな」

「タダでも良かったんですか?」

「ああ、婆さんの作る薬があれば助かるヤツが沢山いるからな」


もともとジャックが枝を取りに来るきっかけも仲間の怪我を治すために薬が必要だったからだと聞いている。それを思い出しガンボは目の前の男を見る。

ジャックはガンボが知る限りで最強の男だ。そしてA級冒険者というのはきっと高い地位のものなのだろう。何しろ時おりやってくる行商人たちもジャックの名前を知っているし、実際に会えたときなど皆大いに感動していた。本来ならこんな辺境まで木登りをするために来るような人物でないのは間違いない。そんな人間の代わりを自分はこれから勤めないといけないのだ。

それに改めて気がついたガンボは「連れて行ってくれ」という言葉を呑み込んだ。ジャックは以前から自分に「冒険者にならないか」と言ってくれていた。だがそれはあくまでも自分が『神の木』に登り切れなかった話だし、実際にジャックも登り方を教えてくれたものの登れるとは思っていなかったのだろう。

この男は自分と違って本物の勇者だ。ひょっとしたら言えば連れて行ってくれるのかもしれないが、そうするとジャックをこの里に縛り付けることになる。それが良くないことはガンボにも理解出来た。ジャックはガンボの代わりが出来るが、ジャックの代わりは誰にも出来ないのだ。


「次に俺がここに来るのはお前が木から落ちて死んだときだろうな」

「縁起でもないこと言わないで下さいよ」

「悪い、悪い。そうだな、竜でも暴れたら呼んでくれ。格安で引き受けてやるよ」

「どちらにしても縁起の悪い話ですね」


だからガンボはこの里から出ていきたいという思いを呑み下す。そしてお互いに笑いあって別れの言葉を告げたとき、ジャックは思い出したかのように言った。


「そういや、リナリアちゃんは残念だったな」

「そ……そうですね」

「面白おかしく吹聴しなくて良かったぜ」

「ありがとうございます」


『神の木』の登り方を聞くときにガンボはリナリアに求婚したいからだとジャックに教えていた。だからこそ昨晩の宴の発表のときはガンボに匹敵するほど顔色を変えていたのだ。


「まぁ、世の中には他にも可愛い女の子がいるさ」

「そ……そうですね」

「まぁ、リナリアちゃんは王都の女の子と比べてもかなり可愛い部類に入るけどな」

「…………………」

「じゃあな」

「はい……」


やっぱり里を出たい。

そんな想いが失恋の痛みとともに再び胸を支配したが、ガンボはジャックの背中を見送ったのだ。





「ガンボさん……ど、どうですか?」

「うん、痛くない。大丈夫だ」

「そ、そうですか」


こわごわと聞く少女の声にガンボは心地よさげに答えた。今、ガンボは薬師のババアの庵にいる。勇者となって3週間。ガンボはババアに呼ばれ度々この庵を訪れていた。

彼は今、上半身裸になってうつ伏せに寝ている。その背中には極細の針が何十本も刺さっていた。ババアが使う施術の秘儀である『はり』という技術だ。


「う~ん、ミリア。ずいぶん上手になったな」

「あ、ありがとうございます。ガンボさんのおかげです」


こういった技をババアが使うことをガンボも知っていたが、ガンボは当初受けるのを嫌がっていた。身体に針を刺されるだなんて考えただけでも恐ろしい。それを一本だけではなく、何十本も刺されるのだ。しかしババアの命令に逆らうことはガンボには不可能だ。最初はガチガチに緊張したもののガンボは弟子のミリアに針を刺されることとなったのだ。

しかしそれも3週間前の話だ。


「もう一本打ちますね」

「うん、頼む」


ミリアが右手で針を構えると、左手をガンボの肩にそえる。そして皮膚を引っ張るように左手でガンボの肩を押さえると、そこに針の切っ先を静かに当てる。そうして音もなくスッと針の先を肩の筋肉に通した。


痛みはない。


3週間前は刺した瞬間にチクリと痛みが走ることも多かったのだが、最近ではそれもほとんどなくなっていた。突き刺さった針の先端は皮膚を裂き筋肉の膜に到達する。

筋肉とは有機的な繊維の束なのだが、疲労が溜まると繊維が絡まり合って硬いになる。

その小さなダマを突き通すようにミリアは狙いすまして針を刺す。


そして的確に突く。


それに上手く当たると身体の内をくすぐられるような異様な感覚がガンボの肩回りを駆け巡る。


「うぅ~」


「痛い」と「気持ちいい」と「こそばゆい」を合わせたような感触。その感覚にガンボは小さく声を洩らす。ガンボも普段、肩の筋肉が強張ったときに自分で肩を揉んだりもする。それはそれで気持ちがいいのだが、この針を打たれるというのはそれとは違った独特の心地よさがある。


「強くしますね」

「ああ……くぅ~」


ミリアが指先で針を摘まんでその針体に捻りを加える。

同時に筋肉の繊維が絞めつけられるようなうねりが生まれた。

それがガンボの肩に固まった疲労の塊を散らしていく。そのうねりが収まるとジーンとした痺れが薄く広がっていき、身体がポカポカと温かくなるのだ。


「次は逆の肩にもしますね」

「ああ、いいぞ。もっとやってくれ」

「はい!」


ガンボの応じる声にミリアは表情を輝かす。そして再び針を構えるとガンボの逆の肩に針を添えた。

針先を静かに筋肉の奥へと沈めていく。


「こっちの方が硬いですね」

「そうなのか。右の方が普段からよく使うんだが?」

「その分、左の方が力が弱いんです」

「なるほど」


確かに左の方が力が入りにくい。そのせいで疲労が溜まっているのだろう。ミリアが針を捩じると固まった筋肉がほぐれていく。

針はしっかりとガンボの身体の中にまで入っている。それがグリグリとガンボの身体の内側を刺激した。


「うぅ~~~」


再び声が漏れる。先ほどよりも強い刺激が加えられているのか、今度は肩の周りだけでなく腕の方にまでピーンと刺激が広がっていく。すでにミリアは針から手を離しているのだが、針が身体の内側を刺激する感覚は残っている。

ガンボはもう一度「くぅぅ」と声を漏らす。するとミリアは不安そうに眉を寄せて聞いてきた。


「あ…あまり刺激が強いようでしたら言ってくださいね」

「ああ、大丈夫だ」

「そうですか」


その言葉にミリアは安堵したのか表情をほころばせる。そんな彼女の雰囲気を察してガンボも同様に心の中で胸を撫でおろした。

3か月前は失恋の傷も癒えていないこともあり顔を見るのも億劫だったが、如何に姉のリナリアに似ているとはいえミリアはあくまでも別の人間だ。傷心が完全に完治するには今しばらく時間が必要とはいえ、3か月という時間はガンボがミリアに慣れるには十分な時間だった。


「それにしても不思議だな。どうして針が刺さっているのに痛くないんだ?」


これまで蜂に刺されたり、木の棘が刺さったりしたことはあるが、どの時も必ず痛かった。

なのに、このオババの秘伝である『はり』だと、ほとんど痛みが出ない。

それがガンボには不思議だった。


「えっと……その……打ち方にコツがあるんです」

「打ち方で痛くなくなるんだ?」

「はい、何でかは分かりませんが。オババ様なら分かると思うんですが……えっと、すいません」

「いや、別にいいんだ」

「すいません」


答えることが出来なかったのが申し訳ないのか、ミリアは頭を下げる。その姿にガンボは何度目かの疑問符を頭の上に浮かべた。

快活な姉のリナリアと違いミリアは控えめな性格をしている。小さいときもガジベやリナリアは必然的に一緒に遊ぶことが多かったのだが、そのときの彼女はこんなにも大人しい女の子だっただろうか?

自分自身もあまり先頭を切って引っ張っていくタイプではないので、仲間内では常に後ろの方にいた。そのせいもあって同じく真似をして着いてくる4つ下のミリアの面倒を見ることも多かったのだが、当時ももう少し人懐っこい性格だったような気がするのだ。

それに今の彼女はガンボが見るとよく目を逸らす。もちろんそれには原因があって、再開した当初ガンボが姉とそっくりなミリアと目を合わせることが出来なかったからだ。


「なぁ、ミリア」

「は、はい何ですか?」

「ミリアはどうしてオババの弟子になったんだ?」


ガンボは今うつ伏せになっているので、表情までは分からないがやはり目を逸らされたような気がする。距離を取られているようだが、今後もしばらくガンボはミリアの修行に付き合わなければならない。

そう考えるともっと彼女との距離を詰めておくべきだろう。判断してガンボは尋ねるのだが、予想外にミリアは取り乱した。


「え? あの? わたしですか?」

「ああ、そうだけど?」

「あの……その、そうですね……」


ミリアは少し考えて、そして口を開いた。


「他人の役に……立ちたいからです」

「役に立つため?」


それは悩んだ割にはシンプルな答えだった。


「はい、わたしお姉ちゃんと違って不器用だし可愛くないし、でも、それでも里の皆の役に立ちたくて、それで……オババ様に声をかけてもらって」

「それでオババの弟子に?」

「はい。オババ様の技を覚えれば、こんなわたしでも皆の役に立てると思って」


確かに薬師のババアは妖怪じみてはいるが人間だ。いつかは死ぬし後を継ぐものも必要だろう。むしろ今まで弟子の一人も取らなかった方がおかしいのかもしれない。

それにしてもミリアの先ほどからミリアの発言はずいぶん後ろ向きだ。ここ2~3年まともに会話をしたことはなかったのだが、彼女に何かあったのだろうか?

気にはなるものの、あまり話術が得意でないガンボにはこれ以上聞きにくい。すると今度は逆にミリアの方が訊いてきた。


「ガンボさんはどうして『神の木』を登り切ろうと思ったんですか?」

「え?」

「だって、その……ほとんどの人は『神の木』の一番下の枝まで登ったら降りちゃうのに、ガンボさんは上まで登ってきたから。ひょっとしたら死んじゃうかもしれないのに……どうしてですか?」

「それは……」


ミリアに尋ねられガンボは言いよどむ。

ガンボが『神の木』に挑んだのはひとことで言うなら名声のためだ。名声があれば凡庸な自分であっても里一番の美人が振り向いてくれるかもしれない。もちろんその里一番の美人というのはミリアの姉であるリナリアだ。

そしてそんなことを彼女の前で言えるはずもない。


「それはもちろん里のためだよ」


なのでガンボは嘘をついた。


「里のため?」

「ああ、俺が自分で『神の木』の枝を取って来ることが出来れば薬をもっと高い値段で売ることが出来るからな」

「え? ガンボさんが枝をとると薬の値段が上がるんですか?」

「ああ、そうだよ」

「でも、値段が高くなったら、皆が困るんじゃ?」

「ああ、違う違う。そういうことじゃないよ。これまで『神の木』の枝はジャックさんが取って来ただろ。でもそれだと値段が高くなっちゃうんだ」

「高くなるんですか?」

「うん、ジャックさんは王国でも有名な冒険者らしいからね。そんな人を雇うには凄くお金がかかるんだ。でも俺が取ってくればその分のお金がいらなくなるだろ。商会側もその分安く薬を買えるし、里も俺が取って来た分を値段として商会側から取ることが出来るんだ」

「でも、それだとジャックさんの仕事がなくなっちゃうじゃ……?」

「それこそ大丈夫だよ。ジャックさんの力を借りたい人はたくさんいるんだ。ここに来なくなったぶん、ジャックさんに助けられるひとがもっと増えるはずさ」


よくこれだけ舌が回るものだとガンボ自身呆れながら言う。もちろん全部が全部嘘ではない。言っていることは事実なのであって真実ではないだけだ。。

後ろめたい気持ちになるガンボだが、傍らにいるミリアは反対に表情を輝かせた。


「ガンボさんはすごいですね。わたしなんて自分のことだけで精一杯なのに、里も商会のひともここにいない人のことまで考えてるなんて!」

「そんなことないさ」


そう、そんなことはない……とガンボは心の中でもう一度言う。少なくともミリアは自分よりもちゃんと里のことを考えて行動しているのだ。


「ミリアは立派だよ」

「そ、そうですか?」

「ああ、そうだよ。立派になった。いつもガジベやリナリアの後をチョコチョコついていったミリアとは思えないよ」


あの頃のミリアは姉やガジベの後をついて回っていた。そしてガンボ自身もガジベの後をついて回っていた。そのとき彼女は大抵自分の隣にいてガジベや自分のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれていたのだ。里の中では珍しく兄弟のいない自分にとって兄と呼ばれることは気恥ずかしく、何となく嬉しかったのを覚えている。


「えっと……ガンボさんどうしたんですか?」

「ああ、いや、なんでもない。そういえば昔はミリアが俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれてたのを思い出してな。あの頃と本当に比べたら大きくなったな」


まだ彼女は12才だが、自分よりも大人なのかもしれない。そんな想いに捕らわれるガンボだが、目の前にいる少女は恥ずかしそうに頬を染めていた。


「えっと……昔みたいにお兄ちゃんって呼んだ方がいいですか?」

「は?」

「いえ、その……ガンボお兄ちゃんって呼んだ方がいいのなら、そう呼びますが」

「………………」


この“ガンボお兄ちゃん”という呼称を聞いたとき、彼の背筋に得体の知れない痺れが背筋を走るのを感じていた。それは背中に刺さった針によるものではない。ミリアの愛らしい唇から紡ぎ出された“ガンボお兄ちゃん”なる言葉によってもたらされたものだ。

“ガンボお兄ちゃん”

何という甘美な響きだろう。その蠱惑的な言葉はガンボの脳内で幾度もリフレインされ、その都度に麻薬のような陶酔感を与えてくれる。

それは昔、彼女がお兄ちゃんと呼んでくれていたときに感じていたこそばゆいような嬉しさとは違う。まったく別種の妖しいよろこびだ。しかし理由は分からないが、ガンボはこの悦びに身をゆだねるのは危険だと本能的に判断した。

これはいけない。もしもこの妖しい悦びに一度身をゆだねてしまったら、自分はきっと駄目になるだろう。


「勘弁してくれ」

「そ、そうですか」

「ああ、これまで通りガンボさんでいいよ」


ガンボは血を吐き出すように言葉を吐き出した。それは正しく断腸の思いだ。


「せっかく大人っぽくなったのに、ミリアもそんな呼び方をするのは嫌だろう」

「そ、そうですね」


乾いた笑いをガンボは浮かべる。何やら今日は嘘をついてばかりの気がするが、この嘘はミリアのためでもあるだと必死になって心の中でガンボは弁明する。

必死に弁明する。

何対して弁明しているのか、自分でもよく分からないがとにかく弁明する。

だからこそミリアが針を抜きながら小さく「わたしは別に良かったんですが……」と言ったのを聞き取れなかったのだが、それは僥倖ぎょうこうだったのかもしれない。



そしてミリアが背中の針を全て抜き取った後、立ち上がったガンボは背中をそらしたり腕をグルグルと回したりして身体の調子を確認した。


「うん、軽くなってる。身体に纏わりついていた余分な肉が取れたみたにスッキリしてるよ」

「よ、良かったです」

「最初と比べると本当に上手になったな」

「ありがとうございます」


ガンボに褒められたのか余程嬉しかったのか、ミリアは花咲くような笑みを浮かべる。その笑顔はガンボがかつて焦がれていた少女のものとそっくりだったが、以前ほど悲しい気持ちにはならなくなっていた。だからこそ気を良くしていたガンボは彼女の提案をあっさり受けた。





「じゃ、じゃあ、ガンボさん……始めますね?」

「ああ、いいぞ」


座したガンボの右側から声が聞こえる。今、ミリアの手元には薬師のババアが手ずから削り出した耳掘りのための棒がある。

この細い凶器で耳を痛打されてからまだ一か月経っていない。なのでまだ恐怖心が強く残っているのだが、それと同時に薬師のババアの繰り出した妙技の記憶も色濃く残っていた。

あれは素晴らしい体験だった。ミリアの『鍼』の技術はここしばらくの間で向上している。ならば耳掘りの腕も上がっているのかもしれない。そう思えば恐怖と同時に期待も湧き上がってくる。


「は……始めます」


小さな声でミリアは宣言する。そして匙がついたタイプの耳かき棒をガンボの耳孔にゆっくりと差し入れ



「うぎゃぁぁーーーー!!!!!」



大森林にガンボの悲鳴がこだました。


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