第9話

「おい、なんだよ今の」



《リプレイ》が終わり、ようやく続がそう言った。



「昨日の昼間、2人が喧嘩を始めたんだよ」



「そんなの聞いてないぞ」



続はそう言い、2人を睨み付ける。



「言うほどの事じゃなかったからな」



真がそう言い、続から視線を逸らす。



「言うほどの事じゃないだと!? 奏を突き飛ばしておいてよくそんな事を言うな!」



「あ、あたしは大丈夫だから!」



真の胸倉をつかむ続を慌てて止めるあたし。



「なにが大丈夫なんだよ」



続はそう言い、あたしのブラウスの袖を捲り上げた。



そこには昨日できた青あざがあり、触れられると痛みを感じた。



それを見た真が一瞬目を丸くし、そして「ごめん……そんなになってるとは思わなくて……」と、うなだれた。



「これくらい大丈夫だよ。すぐに治るから」



あたしは慌ててそう言った。



こんな状況で仲間割れが始まってしまうと、本当に脱出できなくなってしまう。



それだけは避けなければいけない。



でも……あたしはさっきの《リプレイ》を思い出していた。



真や信一がお金の貸し借りで喧嘩をしていたなんて、知らなかった。



昨日は2人にしかわからないような事を口走り、そして真が信一を殴ろうとしていたように見えた。



2人にしかわからない事だから、喧嘩の仲裁に入ろうにも入れなかったのだ。



どちらが悪いとか、そういう事も見ていてよくわからなかったのを覚えている。



なら、なぜ今回の《リプレイ》で真と信一はわざわざお金の貸し借りという出来事を口にしたんだろう。



あんな喧嘩の内容なら信一が悪いとひと目でわかる。



それに《リプレイ》の正確性に欠ければ自分が制裁を受けるかもしれないのに……。



そこまで考えて、あたしの視界に千鶴が写った。



真が千鶴の頭を撫でていて、千鶴はされるがままになっている。



それを見た瞬間、あたしの心臓はドクンッと跳ねた。



まさか……。



口の中がカラカラに乾き、呼吸がはやくなるのを感じる。



まさか、真はわざと正確性を低くして千鶴を守ろうとした……?



自分のその考えた正しかったと知ったのは、それからすぐスピーカーが真への制裁をつたえたからだった。



真の右頬に大きな×印が浮かび上がるのを見て、あたしは数歩後ずさりをしていた。



「真……っ!」



信一が駆け寄ろうとした瞬間、頬の×印が見る見る膨れ上がり、パンッ!と音を立ててはじけた。



真の右頬が裂けると同時に、右目が転げ落ちた。



真の絶叫が教室中に響きわかり、真はその場に転げまわった。



頬が裂けて顔の半分が亡くなっても真はまだ生きていた。



机や椅子を蹴とばし、痛みに悲鳴を上げる真の体に次々と×印が浮かび上がり、それは次々と風船のようにはじけ飛んだ。



有紀の時と同じように血肉の匂いにむせ返る。



あたしは我慢ができなくなり、教室の隅に走るとその場で嘔吐した。



その間にも肉が裂ける音は絶え間なく響いてくる。



あたしはその場に膝をつき、両耳を塞いだ。



もう……やめて!!



その思いは犯人に届くことなく、しばらくして真は動かなくなったのだった。


☆☆☆


真の死体は続と信一が運び、有紀の隣に寝かされて信一の上着がかけられた。



真は外に助けを求めたのか、教室のドアには血まみれの手形がいくつも残っていた。



「真、笑ってた……」



続が疲れた表情でそう言った。



やっぱり、真は千鶴を助けるために自分がわざと犠牲になったのだろうか?



千鶴へと視線を向けると、千鶴は入口の近くで座り込んだままうつむいていた。



その頬には涙の跡が光っているのが見えた。



千鶴の隣には信一が座り、その手をずっと握りしめている。



自分が死んででも千鶴を助けたかったんだ……。



真のその思いを想像するだけで、胸が締め付けられる思いだった。



真がそれほど千鶴の事を思っていても、千鶴は誰とも付き合ったりはしていなかった。



誰の気持ちも受け取る事はなかったんだ。



信一もまた、真と同じ気持ちを千鶴に持っているのだろう。



もし、万が一このまま《リプレイ》が続けられれば、今度は信一が千鶴の代わりに犠牲になるかもしれない……。



そう考えても、あたしには何をする事もできなかった。



信一を引きとめても、代わりに誰かが死ぬ事には違いないのだから。



「さっきの傷は大丈夫か?」



続にそう言われあたしは「え?」と、聞き返した。



「《リプレイ》した時に机にぶつかっただろ?」



「あぁ……大した事ないよ」



あたしはそう言い、少しだけ皮がむけてしまった膝小僧を続に見せた。



血も出ていないし、痛みもない。



「ごめんな……」



「なんで続が謝るの?」



「俺、あんな事があったなんて知らなかったから……。昨日教室にいれば、2人の喧嘩を止める役割も俺がしたはずだったのに」



続はそう言い、悔しそうに唇を噛んだ。



その表情に、あたしは驚いて目を見開いた。



続があたしの事をそんなに心配してくれるなんて思ってもいなかった。



続とあたしはただのクラスメートで、そんなに仲がいいわけでもないのに。



「ねぇ続はどうしてあたしの事をそんなに気にしてくれるの?」



思えば、この教室で目が覚めた時から続はあたしの事を一番気にかけてくれているように感じられる。



すると、続はあたしを見て頬を染めたのだ。



まるで、恋をしているかのように……。



「俺、お前の事を助けたいんだ」



続はそう言い、あたしの手を握りしめた。



「……どうして?」



「今は言えない。今言ってもお前を傷つけるだけになるかもしれないから」



その言葉にあたしはもどかしさを覚えた。



好きなら好きと言ってほしい。



でも、告白をした直後自分が死んでしまうかもしれないから、続は何も言わない方を選んだのだ。



すべて、あたしのために。



優しすぎだよ、続は……。



あたしは悲しくなり、うつむいたのだった。

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