第8話
少しの希望が見えた時、突然スピーカーからさっきと同じ機械音が聞こえ始めてあたしたちは息を止めた。
今度は一語一句聞きのがすまいと、誰も口を開かなかった。
《それでは、次のリプレイをしていただきます》
声が最初にそう言ったとき、あたしは絶望を感じた。
次のリプレイ……。
また、さっきと同じようなことやらなきゃいけないんだ。
あたしの視線は自然と有紀の死体へと向いていた。
もしかしたら、有紀と同じようになるかもしれない。
そう思うと強い吐き気が込み上げてきて、その場に座り込んでしまった。
《昨日の昼休みをリプレイしてください。相談時間は30分。ルールは一度目と同じになります》
そう言い、プツッと切れるアナウンス。
「まだやらされるの……?」
千鶴が青い顔をしてそう言った。
真が千鶴の手を握りしめる。
しかし、それも慰めにならなかったようで、千鶴は真の手を振り払ってしまった。
「時計の針が動き出した……」
続の言葉にあたしは時計を見上げた。
12時のところに戻っていた長針が、ゆっくりと動き始めている。
「片づけなきゃ!!」
あたしは弾かれたようにそう言い、立ちあがった。
外へ出るのに必死だったため、机や椅子が散乱しているのだ。
このままじゃ《リプレイ》ができない!
「まじかよ」
信一が軽く舌打ちをするも、一番早く動き始めた。
「どの机がどの位置にあったとか、俺覚えてないぞ?」
手伝いながらも真が不安そうに言う。
仕方がない。
机や椅子の順番はともあれ、もとの形になるようにしなければあたしたちは動けないのだから。
力を合わせてなんとか元の位置に移動させたあたしたちは、今度は昨日の昼間の出来事を思い出していた。
今日の放課後はつい数時間前の事だったからよかったけれど、昨日の出来事を思い出すのは少し難しい。
でも、昨日の昼間は特別だった。
だから誰もなにも言わず、昨日の昼間の出来事を確認しあう事もなかった。
その時、あたしは続がドアの近くに座っているのが見えた。
そう言えば昨日の昼間続は体調が悪くなって教室にはいなかった。
だから今回の《リプレイ》には参加しなくていいんだ。
続が昼休みにここにいなかったことを思い出したとき、あたしの記憶は更に鮮明によみがえってきた。
昨日の昼間、真と信一が教室内で何か言い争いをしていたんだ。
あたしと千鶴はこの教室にいたからそれを知っている。
でも続はそれを知らなかった。
だから今日の放課後2人を遊びに誘って断られてしまったんだ。
2人が言い争いをしていたのを知っていれば、2人同時に誘う事はなかっただろう。
そう思ったとき、スピーカーから機械音が流れ始めた。
《それでは、リプレイスタート》
時計の針を見ると、ピッタリ30の所で長針が止まっている。
あたしたちは無言のままそれぞれいた場所へと移動した。
あたしは自分の机を隣の席とくっつけて、お弁当箱を広げる素振りをする。
昼休みはいつもこうして友人と机を囲んで食べているから、何も考える事なく体は動いた。
それから友人たちとどんな会話をしたか思い出しながら、慎重に《リプレイ》していく。
最近人気の曲や、新しいドラマで何を見ているとか。
日頃からしている会話を1人で進めていく。
そうしながら、自分の背中に汗が流れていくのを感じていた。
自分の《リプレイ》にどれだけ正確性があるのかわからない。
次に有紀のようになるのは……あたしかもしれない。
ゾクリと背筋は寒くなり、思わず続の方へ視線をやっていた。
続は真剣な表情でみんなの《リプレイ》を見守っている。
あたしも、できたら教室の外にいたかった。
そうすれば《リプレイ》の回数を少しでも減らせたのに……。
そう思った瞬間、違和感を覚えた。
あたし、今なんて考えた?
《リプレイ》の回数を減らせたのにって、それじゃぁまるで……ハッとして声が出そうになるのをどうにか飲み込む。
そうだ。
《リプレイ》は1回では終わらなかった。
と言う事は、あと何回あるんだろう?
これで終わるとは限らない。
もっとずっと、何度も何度も繰り返させられる可能性がある。
犯人がなにを目的として《リプレイ》しているのかわからないから、それがいつ終わるのかもわからない。
《リプレイ》を何度も繰り返されればきっと、思い出す事自体が困難になっていくだろう。
その先にあるものは全員の死……。
最悪な事態を想像した時、教室の中央あたりから怒鳴り声が聞こえて来た。
真と信一が言い争いをはじめたのだ。
あたしはその光景をジッと見つめる。
普段はよく一緒にいる2人が喧嘩していることが珍しくて、友人たちと「なにがあったんだろうね?」と会話をしながらその様子を見ていたのを思い出す。
真が「貸した金返せよ!」と怒鳴るのが聞こえてきて、あたしは首を傾げた。
貸した金……?
「もう少し待てって言ってるだろ?」
信一は真に背中を向けて教室を出ようとする。
それを真が引き止めて、また言い争う。
真と信一の喧嘩はお金がらみだったのだろうか?
そんな会話、してたっけ?
考えてみるものの、自分の《リプレイ》で精いっぱいなあたしは、昨日のお昼何を言い争っていたのか思い出す事ができなかった。
ただ1つ思い出したのは……真が信一に殴りかかろうとするのが見えて、あたしは咄嗟に席を立って走っていた。
そう。
あたしはこの時なにも考えず、2人の間に割って入ったんだ。
特に仲が良いワケでもないのに、暴力に反応してしまったんだ。
そして真があたしを突き飛ばし、あたしは床に投げとされてしまった。
体のあちこちが机にぶつかり、顔をしかめる。
昨日のお昼もたしかこんな感じだった。
それらを始めてみる続は驚いたように目を見開き、何かを言いかけて口を閉じた。
昨日の昼ここにいなかった続が口出しをすることはできない。
あたしは何とか体を起こして2人を見た。
2人の間には千鶴が入っていて、そのことで2人の喧嘩は収まったのだ。
2人が千鶴の事を特別視していることは知っていたけれど、ここまであからさまな差を付けられたことにあたしは憤りを感じていたのだ。
あたしは腕をさすりながら机に戻り、友人たちに心配されたことを思い出した。
《それでは今より、リプレイの正確性を採点していきます》
スピーカーのそんな声に、あたしは大きく息を吐き出したのだった。
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