第6話

あたしは有紀の死体を目の前にして呆然と座り込んでいた。



有紀の血肉で教室中は鉄の匂いが充満している。



「奏」



続があたしの肩に手をかけた。



「続……」



少し振り向くと、自分の体が小刻みに震えていた事に気が付いた。



うまく続を見る事もできない。



窓の近くにいた千鶴が声を上げて泣き始めた。



それをスイッチにしたように真と信一が教室の机をひっくり返し、壁を叩いて「ここから出せ!!」と、怒鳴り始める。



「有紀……が……」



「あぁ……」



続は自分の上着を脱ぎ、有紀の死体の上にかぶせた。



ひどい状態で死んで行った有紀の苦痛の顔が、隠れる。



「有紀が……有紀が!!」



そう言いながら続にしがみつくあたし。



続はあたしの体を強く抱きしめてくれた。



でも、その手も小さく震えている。



「くそ! どうしても開かない!!」



真が叫んで机を振り上げる。



その瞬間、続が「やめろ!!」と、大きな声で叫んだ。



その声に真と信一が動きをとめてこちらを見た。



「やめたほうがいい。アナウンスの声は最初に法律に違反することはするなと警告をしてきてる。教室を壊す事は器物損壊に当たるかもしれない」



青い顔をしているが、しっかりとそう言いきった続。



「じゃぁどうするのよ!? このままこの教室にいろっていうの!?」



千鶴が涙を流しながら叫んだ。



綺麗にまかれていた髪は今の間にボサボサになり、化粧も剥げてきている。



「……わからない……」



あたしを抱きしめたあまま、続が力なくそう言った。



「わからないならほっといてよ!!」



千鶴はそう言い、椅子を持ち上げて窓へ投げつけた。



椅子はガンッ!と音とを立て、そのまま床へと転がった。



千鶴はそれを拾い上げ、窓へ向けて叩きつける。



「誰か! 誰か気づいて!!」



その叫び声は教室内に反響して、空しく消えていくだけだった。



「千鶴。やめろ」



千鶴の腕を掴んでそう言ったのは真だった。



千鶴は椅子を振り上げたまま、真を見た。



「なんでよ!? あんただって助かりたいでしょう!?」



「もちろん助かりたい。こんなわけのわからない教室から一刻も早く出たい。でも、続が言う通りだ。



物を壊すことで警告を破ることになったら、どうなるかわからない……」



真はそう言い、有紀の遺体へ視線を向けた。



「犯人は直接手を下さなくてもあんなにむごい殺し方ができるんだ。警告を破るとどうなるか、考えただけでも恐ろしい」



真の言葉に、千鶴は持っていた椅子を力なく床へと置いた。



「直接手を下さなくても……殺せる……」



千鶴がそう呟き、そして自分の体を抱きしめた。



それを見ていた信一が駆け寄り、後ろから千鶴の体を抱きしめた。



教室の中は静かになり、残った5人の息遣いだけが聞こえている。



むせ返るような血の香りの中、あたしたちは荒い呼吸を繰り返す。



「奏、大丈夫か?」



続があたしから身を離し、そう聞いてくる。



あたしは「うん……」と、小さく頷いた。



続も、少し顔色が戻っているようだ。



「まさか、こんな事になるなんて……」



有紀とは特別仲がよかったわけじゃないけれど、席が近くなってからはよく会話をするようになっていた。



授業の話や課題の話がほとんどだったけれど、あたしたちの距離は縮まっていた。



それが、こんな形で終わるなんて考えたこともなかった。



「どうして有紀が死ななきゃいけなかったんだろう……」



そう呟くと、信一が千鶴から離れてこちらへ近づいてきた。



「有紀が死んだのは間違いなく《リプレイ》に失敗したからだと思う」



あたしは信一を見上げた。



顔色は悪いけれど、目の力はしっかりと宿っているのがわかる。



「《リプレイ》に失敗したら、殺される……」



千鶴が呟く。



「今日の放課後、有紀は奏と会話をした後、どうしてた?」



信一にそう聞かれ、あたしは覚えている限りの事を話した。



有紀はあたしと課題についての話をした後、他のクラスメートに呼ばれていた事。



あたしはそのまま教室を出たから会話の内容までは知らないけれど、有紀はそのシーンを《リプレイ》していなかった。



「俺は今日の放課後真と信一を遊びに誘ったんだ。でも断られて、俺たちはそれを思い出しながら《リプレイ》した。千鶴はどうだ?」



真と2人、教室の中央あたりに立っている千鶴へ向けて、続は聞いた。



「あたしは……マキたちと一緒にショッピングに行くことになってたから、数人ですぐ教室を出たの。



マキたちはここにいないけれど、会話の内容を思い出しながら《リプレイ》したわ」



千鶴はそう答えた。



やっぱり、《リプレイ》をちゃんと行っていなかったのは有紀1人だけみたいだ。



「《リプレイ》の性格率が低いと死ぬ……そういう事みたいだな」



真がそう言い、誰もがそれに反論しなかった。



「でも、そんな事なんのためにするの?」



あたしは誰ともなく、そう聞いた。



放課後の教室を《リプレイ》させられる理由もわからないし、《リプレイ》の正確性が低いと殺されるなんて理不尽すぎる。



「わからない。どうして俺たちだけがここへ監禁されてしまったのかも、見当もつかない」



続はそう言って左右に首をふった。



クラスメート全員がここへ集められているならともかく、2年A組のあたしたちだけ連れてこられたと言うのは一体どういう事なんだろう?



あたしたちは日ごろそれほど仲がいいわけでもないし、共通点と思えるものは同じクラスにいるということくらいだ。



「2年A組の誰でもいいから適当に連れてきて監禁した。それだけじゃないの?」



そう言ったのは千鶴だった。



千鶴はさっきまでの怯えた表情ではなく、犯人に対する怒りを秘めた鋭い表情を浮かべている。



「無差別監禁ってわけか?」



真が言う。



でも……違う。



あたしは心の中でそう思った。



これだけ大掛かりな場所を用意しておきながら、監禁す相手は誰でもいいなんて矛盾していると思う。



あたしたちの共通点はきっとどこあにあるはずだ。



今はまだそれが見えてこないけれど……。



そう思い、あたしは面々を見回したのだった。

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