第4話隣人

翌朝、亮は二階の物音で目が覚めた。


あの後自宅に戻ってからも、慶子は亮の親父に平謝りだったが、亮は信二と二人で、悪態をつき続けた。

こうなると亮の親父も意地になり、慶子の謝罪も虚しく、絶対許さんと、亮と信二は出て行く事になった。


亮は二階に上がって様子を伺うと信二が荷造りをしていた。

『信二さん』

『おう!おはよう!』

『本当に引っ越すんですか?』

『・・・まあな、久しぶりにやっちまった。』

『・・・・』

『まあ、自分が悪いんだからしようがないさ』

『・・・そんな、信二さんだけのせいじゃ』

『・・・・・・』

『俺、親父にもう一度、言って謝ってきます。』

『いいよ、契約違反したのはこっちだから、亮くんには責任無いよ』

『でも・・・』

言い淀んでいると中から慶子が出てきて、

『私もこの人が呑みすぎると、ああなっちゃうって、分かってたのに・・・。』

『・・・・・』

『弟が出来たみたいって、久しぶりに大喜びしてる姿を見たら、なんだか私も止められなくて・・・。』

『・・・・・』

『まあ、二度と会えなくなるわけじゃないから』

『はい』

『そういう事だ』

『・・・・・』

信二は黙々と荷物を運び出す。

『今度はどこへ?住む所、急に、見つかったんですか?』

『ああ、親父の知り合いに古いアパートを持ってる人が居て、そこに入れてもらう事になった。』

『ここから、近いんですか?』

『どこか知らないんだ、俺も』

『えっ?』

『さゆりが昨日のトラックと一緒に場所を知っている人が迎えに来るんだ。』

『・・・・へえ、そうなんですか』

そういえばさゆりの姿が見えない。家の中に居るわけではなかったようだ。

『亮さんも、お父様に追い出されたの?』

『はあ、まあ』

『まだ、高校通ってるんでしょ?』

『はい、まあ』

『引っ越した先で、一人で生活出来るの?』

『・・・・・』

『学校遠くなったりしない?』

『今とあまり変わりないです。』

『そう』


荷物を階下に下ろすのを手伝ていると、やがて、お昼になろうとする頃

『遅いな、さゆりのヤツ』

『そうね、道に迷ってんのかしら?』

と、言うやいなや、通りの角を曲がって、さゆりがトコトコ歩いてやって来た。

亮の目の前まで来て、

『よ!おはよう!』

『お、おう』

『さわやか?』

『・・・・・』

亮が黙っていると、後ろから信二が

『さゆり、トラックは?』

『あ、どうしたの?』と、慶子。

『無い!』

『えっ!』

『借りられなかったの?』

『いや』

『運転手が居なかったの?』

『いや、一緒に行きます。って言ってたけど、いいって断った』

『なんで?・・・・・』

『住所聞いてきたから。要らない』

『なんで?』

『使わない』 

『なんで〜?』

『そこ』

『ん、えっ?』 

『そこのアパート』

『えっ!』

『引っ越し先』

さゆりが指差したのは、亮の自宅の隣りのアパートである。

『ここ?』

『らしいよ。鍵は貰ってきた。』

『はあ』

『トラック要る?』

『・・・・要らないよね』

『でしょ』

 

軽く昼食を取り、4人で荷物を運び入れると、程もなく終わり、

『ふう、終わったな。』

『はい。』

『手伝ってもらってありがとう。』

『いや、俺にも責任あるし。・・・』

『・・・・また、亮くんのそばで、俺はうれしいよ。』

『俺もです。』

『ところでアンタはどこに引っ越すの?』

『・・・・・・』

亮は黙って、隣の部屋を指差す。

『えっ!隣か?』

『・・・・はい、兄貴の知り合いのアパートなんです、ここ』

『アンタ、お兄さんがいたんだ』

『今も生きてるよ、多分。そこには一緒に住んでないけど。』

『そういう意味じゃないって、何よ、多分って。たまにしか帰って来ないの?』

『ああ、2、3年に一度帰ってくるよ。前回は俺が中学卒業する時に帰って来た。』

『何歳なの?』

『今年33、かな?』

『ふう〜ん、かなり離れてるんだね。』

『ああ』

『これだけ実家のそばだから、飯食べに帰るくらいは親父も許してくれるだろうから。』

『目と鼻の先だもんな、ここなら』

『そんなに親の言うと聞けないなら、自立しろって、兄貴にも言われてる。』

『・・・・・』

『俺に何かあった時は、俺の変わりに親父の事頼むぞ、って、小さい頃言われて来たから』

『守ってないじゃん、約束』

『・・・まあ、とりあえず又、宜しくな!亮』

『はい、信二さん』

『よろしくね、亮くん』

『はい、慶子さんも』

『しっかりやれよ!亮!』

『・・・・・・井上さんも、よろしく。』

『なんで私だけ、苗字なのよ!』

『これは?』信二さんを指差すさゆり

『信二さん』、と、亮

『姉ちゃんは?』

『慶子さん』

『で、?』自分を指差すさゆり

『井上さん』

『だから!なんで、わたしだけ井上さんなのよ!』

『だって井上さん、3人居るじゃん。』

『そうじゃなくて、さゆりって呼びなさいよ!』

『・・・・わかったよ、井上さゆりさん。』

『むむむむむっ』

『いいんだろ、これで?』

『もうイイ!』

見合って微笑む、信二と慶子

『じゃあ、夕飯でも・・・って、・・・』

信二は慶子の顔色を伺い口をつぐんだ。

『ハハハ、昨日の今日だからな!各自の家で、』

『そうよ、さゆりもどうする?今日は泊まってく?』

『いい、帰る』

『そう、それじゃ駅まで、』

『うん、亮に送ってもらう』

『えっ?』

『ねっ?』

『何で俺が・・・』

『そうしてくれる?亮さん』

慶子さんが間髪入れずに言ってくる。

『はあ、まあ、じゃあ駅まで・・・・行きます。』

『やなの?』

『ぐっ!』

『こんなにかわいい娘さんに一人で帰れって言うの!』

『・・・自分で、かわ・・』

『行くの?行かないの?』

『・・行きます・・・』

『じゃあ、お姉ちゃんまた明日来るね!』

『ええ、悪いわね、よろしく』

『行こ!』

さっさと歩き出すさゆり。

『じゃ、ちょっと行ってきます・・・』

『おう!』

『お願いします。亮さん』

『はい』

さゆりのあとを追う。

『ふう、やれやれ。なんだよ、もう。』

聞こえるように言ったつもりだが、さゆりはお構いなしに歩いて行く。


駅に向かう途中、さゆりは亮の隣りに並び、顔を覗き込んできた。

『なんだよ』

『・・・・別に・・・・』

また黙って前を向く。亮が

『また明日も来んの?』

振り向くさゆり

『うれしい?』

『・・・・・』

『何、黙ってんのよ!』

『・・・・・』

『正直に言いなさいよ!』

『何をだよ!』

『うれしいって』

『なんでだよ!』

『うれしくないの?』さゆりがまた、顔を覗き込む。

『・・・・・・』

『うふふっ!』

『何だよ!』

『もういい、わかった』

『何がだよ!』

『別に・・・・』

それきりさゆりは駅まで喋らなかった。


切符を買い、改札口に向かったさゆりが振り返る。

近づいて来て、

『じゃあ、また明日ね』

『・・ああ・・』

一瞬の間、不意にさゆりが亮の肩に手を掛け、背伸びをする。

亮はたじろぐ隙もなく、さゆりが耳元に顔を近づける。

『私はうれしいよ、明日も会えるの』

『!』

瞬間、唇が耳に触れた気がするくらい近くでそう囁いた。

『じゃあね、ありがとう』

呆然と立ち尽くす亮に軽く手を上げ、改札を抜けて、夕焼けのホームへ降りて行った。








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