第121話 再生

「養蚕は、もうやらないんだって?」


 話しかけられたリリーがそちらを向くと、立っていたのは花色の髪の男だった。

 ユウキと侑子の結婚を祝う人々で溢れるパーティ会場は、とても賑やかだ。音楽は鳴り止まない。リリーもアミも、つい先程までステージの上で演奏していたのだ。


「一度止めてしまってから、時間が経ちすぎているし。兄は継いでもいいって考えだったらしいけど、再開するのは難しいみたい。以前一緒に働いてくれていた人も、央里から離れてしまったから」


 相槌を打ちながら話を聞いているアミに、リリーは穏やかな口調で締めくくった。


「もう魔法を使った作業にも、頼ることは出来ないでしょう」


「これからも魔力の枯渇は続くのか、それとも止まるのか、元に戻るのか。見通しは立っていないからね」


 アミは頷いた。


 ブンノウとシグラが破った天膜は、切り取られた箇所を全て修復済みである。外界とヒノクニの内側は、再び神秘のバリアで隔たれた状態へと戻ったわけだ。しかし未だに、魔力を持たない赤ん坊の誕生は報告されている。


――一度崩れた理は、戻らないのかも知れない


 断言はできない。もしかしたら途方もないほどの長い時間をかけて、回復していくのかもしれない。アミには分からないことだった。


「持ってる土地の大部分を、売りに出そうと思っているのよ。家を新築するのに使う場所は、残ってる蔵周辺だけで十分だろうから」


 リリーが話の続きを始めた。


「それは結構な面積になるね」


「両親が、年寄り二人でも手入れ出来る程度の大きさがいいって言ってて。兄は家を出て、もう少し便利な地区で一人暮らしするみたいだし。ああ、それとね、新築する家の庭に、白梅を植えようって話してるのよ」


「梅の木を?」


「ジロウさんの庭にあった梅の木、全部なくなっちゃったでしょう……。梅の実が実るようになるまで、何年かかかるだろうけど。また皆で梅仕事ができたらいいねって、ツムグくんと話してたのよ。モモカにもやらせてあげたいし」


 リリーの視線の先に、傾けたグラスをあっという間に空にしていく紡久がいた。普段の人柄に似合わない酒豪っぷりに、アミはふっと笑い声を漏らす。


「彼は梅を描くのも好きだったからね」


「そうね。よし、梅の木を植えるの決定! そうと決まれば、さっさと色々な手続きを進めなくちゃね」


「央里には、また人が戻ってくると思うよ。君の実家のあの辺り、のどかだったけどきっと家が増えるだろう。土地もすぐに買い手がつくんじゃないかな」


「あら、そうなの?」


「王府ではそう見通しをつけてる」


「それはいい話を聞いたわ」


 にっこり笑ったリリーは、ありがとうという言葉と共に、アミのグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。

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