第120話 これから
向かいあって繋いだ両手の先から、身体の中に注ぎ込まれる、熱を感じた。
迷いなく向かってくる清々しい色は青で、それがユウキの気配を帯びたものだとすぐに分かったのと同時に、目の前の人の純白の正装が、青く染まっていく様が見えた。
「やっぱり」
ユウキは肩を揺らしながら笑っていた。
「この色になるだろうって、予想はついてたよ」
「そっちこそ」
侑子は自分のドレスを見下ろしてから言い返す。一度笑ってしまうと、止め方を忘れてどんどん笑いは大きくなっていった。
可笑しそうに大笑いする新郎新婦に、儀式を取り仕切る神官も、参列者達も誘われたように笑い出した。
「おいユウキ。ユーコちゃんのこと、見たこともない程綺麗な色で染めるって言ってたのは、どこのどいつだ? それじゃあいつものお前たちのステージ衣装と、全く同じじゃないか」
最前列から真っ当な突っ込みを入れたのはジロウだ。
「全く同じでもないよ。こんな上等なタキシード着て歌ったことないし」
侑子と片方の手を繋いだまま、ユウキは参列者達の方を向いた。
「ユーコちゃんはどんな色も似合うよ。だからこそ、今日はこの色にしたかったんだ」
「私も。これが一番だと思って」
頷いた侑子の空いた方の手が、ドレスをそっと撫でた。触り慣れた感触が指先に伝わる。
繊細な青いグラデーションを作る硝子の鱗が、夫婦となった二人の身体を彩っていた。
***
「今日の晴れ着を着物じゃなくてドレスにしたのは、踊りたかったからなのね」
歌い終え、振り返ったユウコにグラスを差し出しながら、ミツキが納得したとばかりに頷いている。彼女の隣にはスズカとヤチヨの姿もあった。三人とも鮮やかな晴れ姿である。
(似合ってる。ユウコ、とっても綺麗)
「ありがとう、ヤチヨちゃん。そうなの。着物にしようかとも思ったけど、きっと動きたくなっちゃうだろうなぁって思って。丈も短めにしてもらったんだ」
今日の衣装は、ノマが作ってくれたものだった。魔法は使わず、彼女の手作業によるものだ。侑子はノマが魔法ではなく手で服を生み出す様子を初めて目にしたが、迷いなく動く指先にすっかり見惚れてしまったものだ。
「この二人の結婚式で、主役二人が歌わないわけないものね」
スズカはユウコの肩から下がるギターを示しながら、嬉しそうだった。
「綺麗で、それにカッコよかったよ。こっちに戻ってきてから薄々感じてたことだけど、ユーコちゃんはちょっと、ユウキに雰囲気が似てきたね」
「スズカ。それ褒め言葉なの?」
「えっ? そのつもりだったんだけど。あ、ユーコちゃん。雄々しくなったとか執着心強めだとか、変な意味じゃないよ。ユウキの良い所を、ユーコちゃんにも感じるってこと」
慌てるスズカに笑ったヤチヨが、タブレットにペンを走らせた。
(
「番って表現、いいわね」
ふふ、とミツキが笑う。
少し離れた場所に、バンドメンバーや幼馴染に囲まれたユウキの姿が見えた。彼が身に纏う衣装の色は、目の前の花嫁のものと同じだった。お互いの純白の衣装を魔法で染色する――――そんな儀式が終わった時、参列者の誰もが納得する、二人の色だった。きらびやかなシャンデリアに照らされて、幾つもの青が並んだ硝子の鱗は、陽の光を受けた大海原のように輝いていた。
「本当におめでとう、ユーコちゃん。幸せになるのよ」
「ありがとう。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
握った手を引っ張られて、侑子はミツキに抱きしめられていた。無事を喜びあった、あの浜辺の時と同じように。
「楽しいこと沢山しようね」
スズカの声は、彼女から立ち上がる魔力同様に柔らかく、優しく響く。
(またメムの里にも案内する。ユウキと一緒に遊びにおいで)
「楽しみ!」
素晴らしい提案に、侑子は破顔した。
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