渓流②

 ユウキの魔力は、渓流を思わせる青だった。


夢と現の狭間で、侑子はそんなことを思い出していた。


――勢いよく流れて、岩肌でぶつかって散らばる。小さな水滴まで思い出せる……


 初めて彼の魔力を見た時に、脳裏に浮かんだ清らかな渓流の風景は、今自分が休憩しているこの場所の渓流よりも、大分ダイナミックなものだった。


――だけど、近いな。近くに感じる。まるでユウキちゃんの魔力が、すぐ近くにあるみたい


 まだ完全には眠りに落ちていないのかも知れない。

流れる水の気配を感じるし、青い色まで瞼の裏に見えるように思う。


――これも夢なのかな……だとしたら、良い夢だ……本当にユウキちゃんが、すぐ近くにいるみたい


 微睡みが感じさせる架空の揺れなのか、ハンモックによって本当に揺れているのかは、定かではない。


侑子は揺れに身を任せたまま、まだまだその幸せな感覚に溺れていたいと願った。






***






 あみぐるみ達は綺麗な一列になって、その道を進んだ。


今まで通ってきた場所とは異なり、獣道のように一応草木が取り除かれたそこは、道と呼ぶのに十分だった。


「猟師が通るのかな」


 紡久が言った。魔法で草木を薙ぎ倒す手間が省け、口数が多くなっていた。


「こんな山奥を? 人里から大分離れていそうだけど」


 訝しむ声はユウキだ。


「けどこの感じは、明らかに人が切り開いた跡に見える。しかもまだ新しい」


 淡々と観察しているのはアミで、そんな言葉に、紡久は後ろの二人を振り返った。


「近くに人がいるってこと?」


「どこかで鉢会うかもね」


「まずくないか」


 ユウキが止まると、前方のあみぐるみ達もなぜか足を止めるのだ。

行進は停止した。


「こいつらを他人に見られるのは、まずい」


 あみぐるみを指しながら、ユウキはどうしたものかと、思案しだした。


 明らかに魔力による動力で動いていると分かるあみぐるみ達は、この世情の元では、世間に晒したくない代物だった。

皆魔力不足で喘いでいるのだ。魔法による現象は、目にしなくなって久しい。


説明に窮する動くあみぐるみの姿を隠す上でも、人の目につく心配のないこの経路は、好都合だったのだ。


「人の気配を察知したら、すぐに動きを止めてもらうとか? 俺が魔法ですぐに回収するよ。万が一見られても、動きが止まっていれば、ただの玩具にしか見えないし」


 紡久の提案に、とりあえずそれで行こうということに決まる。獣道程度に整っているとはいえ、周囲に茂った草が迫っているので、小さなあみぐるみ程度なら簡単に目隠しになってくれるだろう。


 

 ぴぃぴぃ


 先頭の白クマが、先を急ごうと促すように、小さく鳴いた。

頭頂の色が青いこのクマは、侑子が一番最初に編み上げたものだった。


 行進は再開した。

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