必然③

 話を戻すけど、とヤヒコは言った。


「鍵の守役は、最近まで俺と行動を共にしてたんだよ。襲撃から逃れてからずっと。七年ほどね」


「どんな人なの?」


 侑子の問に、ヤヒコはその人物のことを思い浮かべたのだろう。優しげな笑みが顔に広がっていく。


「普通のおばさんだよ。宝石みたいな綺麗な瞳をしてるんだ。俺やチヨのことは、完全に子供扱いでさ。俺たちより少し年上らしいけど、子供が二人いるんだって。俺とチヨみたいに兄と妹。子供たちのことを、思い出すんだろうな。いつも優しくて、自分のことより他人のことを優先しがちな人だ」


「家族とは、離れ離れなの?」


「政争の最中に娘だけ残して、王都から脱出したんだ。守役であることは、彼女の夫と息子は知っていた。何も知らない娘だけ、置いてきたらしい」


 どこかで聞いたことのある話だった。

更に目が冴えてきてしまった。

侑子は「念のため」と心の中で前置きしてから、ヤヒコに訊ねた。


「名前は?」


 侑子の心中など知る由もなく、ヤヒコは答えた。


「タイラ・ミネコ」


「たいら……」


 大きな表札が記憶に蘇る。

立派な大理石の上に彫り込まれた名は、『たいら』だった。


七年前に初めてこの世界に降り立った場所。そこはどこだっただろうか。


侑子がドアを開けた先にいたのは、家族に一人取り残された、宝石オパールの瞳を持つ女性だった。


「平さゆり」


 侑子が発した言葉が、人名であるとヤヒコが認識するまで、少々時間がかかった。


「私が前回やってきたのは、平さゆりさんの家の、ドアからだった」


 満天の星の元、ランタンの光の効果だろうか。ヤヒコの頬が上気しているように、侑子には見えた。


「リリーさんは、ずっと家族の帰りを待っていたよ」


 “リリー”は本当の名前ではないの、と侑子に教えてくれたのは、侑子が彼女の家で魔法練習をしていた頃のことだ。


『本名は“さゆり”っていうのよ。リリーはニックネームみたいなものだったけど、そのまま芸名に使ってるの。さゆりって呼ぶのは、ほとんど家族だけだったから、今では本名で呼ばれることは、なくなっちゃったわね』


「そうか……ユウコ、お前は、ミネコさんが残してきた神力の名残を伝って、やってきたんだな」


 鍵が守役と共に長年過ごしてきた土地に残された、神力の名残。

それは誰にも気づかれることなく、そこに存在し続けていたのだ。

ただひたすら、ヒノクニにやってくるべき者が、然るべき時に扉を開ける、その時まで――――


「きっと偶然じゃないな。ユウコがやってきたのは、必然だ。お前に二回目があったのも、異世界間の文通が成り立っていたのも、理由があったから。鍵が……いや、もっと大きな何かが、ユウコを選んだ。動かしたんだ」


 侑子から視線を外し、ヤヒコは夜空を仰いだ。


輝く星々が、まるで無数の目のように見える。

自分たち人類の行動を、面白がって見物しているのだ。漆黒の闇の向こうにある本体は、どのような姿をしているのだろうか。


「大きな何か?」


 侑子の問に、ヤヒコは上を見たまま返事をした。


「普通そういう存在は、神って呼ばれているんじゃないのか。俺にはよく分からないけど。世の理を定めた存在と、同一だったりして」


 ヤヒコにつられて、侑子も上を見た。

月の船が、正に星の林の中に漕ぎ入ろうとしている様子が見える。


「俺たちは手の上で、踊らされているだけなんだろう。面白くねえな」


 低く呟くヤヒコの声が、侑子の耳の中にいつまでも残っていた。

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