必然②

「眠れない?」


 後方からかけられた声は、ヤヒコのものだった。


「目が冴えちゃって」


 ヤヒコは声量を抑えた笑い声を立てた。


「悪いな。チヨのやつ、昔から寝相がすこぶる悪いんだ。明日からあいつを端にしよう」


「大丈夫。いつもはすぐに眠れるの。今日は、たまたまだから」


「少し話でもしようか。眠くなるまで」


 ヤヒコは侑子が腰掛けていた切り株の側に、ゆっくりと腰を下ろした。


「何か聞きたいことはある? 一緒にいられる間だけだぞ、メムのことなら何でも話してやる」


 ランタンの光が、二人の顔を下から照らした。

真夏とはいえ、深い山の夜は肌寒かった。侑子は肩掛けを整えて、しばし思案した。メムの里で聞いた様々な情報を、振り返った。


「ランさんが、メムは導く民って言ってた。昔からあなたたちは、こんな風に迷子の来訪者の案内人をしてきたの?」


「大昔は、そうだったのかもな。俺は知らないけど。少なくともここ百年くらいは、来訪者たちもメムの存在は知らなかったんじゃないのか?」


「そうなの?」


「ユウコだって一度目の来訪の時、ずっと知らなかっただろう」


 意外な回答に、侑子は目を丸くする。眠くなるどころか、ますます冴えてくるではないか。


「接点がなければ、ないままなんだよ。そんなものだ」


 フクロウが鳴く声が聞こえる。

すぐ近くに聞こえるが、その姿を侑子が確認することは出来なかった。


「必要が出てきた時に、導くんだ。移動はメムの最も得意とするところだからな。来訪者に限ったことじゃないよ。……鍵の守役。彼らを移動させるのは、昔はずっとメムの役目だったらしい。近代では交通網の発展もあって、守役とメムの関わりも、薄くなりつつあったけど――あの政争をきっかけに、また関係が復活するに至ったんだ」


 『鍵の守役』という人のことを、侑子はメムの里滞在中に、断片的に聞いていた。


三種の神器の一つである鍵を、王の代わりに守る人。なぜか王と同じ場所に留まることができない不思議な神器――それを守り、時に能力を開放して、並行世界とを繋ぐ扉を解錠する人。


「天膜破壊を続ける人から、守役を匿っていたの?」


 ヤヒコは頷いた。


「平空政争の時、空彩党に目を付けられたんだろうな。鍵のありかは、知られてはいけない。守役は行方をくらませた。しばらくの間、王と縁の深い神社で匿われていたみたいだけど、そこが襲撃された。鍵の力を解放して扉を開いたから、気取られたんだ。奴らはどういうわけか、鍵の神力を敏感に察知してくる」


 襲撃を受けた神社というのは、きっと紡久が発見された場所だろう。

玄関のドアを開けたら、火の海だったと語った彼の話を思い出す。


「そこの宮司は、優秀だったんだろう。――なけなしの魔力を使って、守役を一番近くのメムの拠点まで逃したんだ。転移魔法……知ってるか? かなり高度な魔法だ。使える者は一握り。貴重な人材だっただろうに。襲撃現場から逃げることができずに、そのままその宮司は命を落とした」


「神社の人たちは、メム人の存在を知ってるの?」


「全員じゃないだろうがな。神職以外の一般人より、知っている人の割合は高いだろうね。王は元々、神職の血筋だから。縁が深いんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る