第19話 月の船 星の林

「ユウキ、休まないの?」


 テントから顔を出したアミに、声をかけられる。


「灯り消しちゃうけど」


「いいよ、先に休んでて。もう少し起きてる」


「早めに寝ろよ」


「ああ」


 灯りが消えて、辺りは真っ暗な闇に沈んだ。


やがて目が暗闇に慣れてくると、頭上に賑やかな細かい星がまたたいている様子が見える。月明かりによって、木々の影やテントの輪郭も確認できた。


「半月か」


 上弦の月だった。

まだ空の中心まで来ていない半月は、丸い孤の側を上にした形をしている。

夜半を過ぎて、月入りが近い時刻になった頃、孤を下に向けて船の形になっているのだろう。


「天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」


 自然と口をついて出た歌は、これまで何度も謳ったことがあった。

多くは噴水広場での曲芸の場で、派手に着飾った姿で唱えてきた。


侑子が手紙で、この歌を書いて送ってきたこともあった。向こうの世界にも存在したと、嬉しそうに報告してくる彼女の顔が、思い浮かんだものだ。


 天の川は文字通り、乳白色の川のようだ。その中に浮かぶ半月は、さながら船――――この時間の上弦の月では、転覆してしまっているが。


「星の林とは、よく言ったものだな」


 大小様々な幾多の星が埋め尽くす夜空は、人の手が入らぬ木々が、鬱蒼と茂る森のようだ。今正にユウキが佇んでいる場所そのものではないか。


「歌の景色と、そっくりですよ」


 敬語での語りかけは、歌に宿るとされる精霊に向けてのものだ。


本当に精霊が存在するだなんて、ユウキはあまり意識したことはなかった。しかしただのおまじないだと思っていた一方で、いつも小さな希望として、拠り所にしていた気もする。


「あの子に会わせてくれ」


 歌の中に表現された世界と、そっくりの景色がユウキの頭上に広がっている。

精霊は喜んでいるだろう。

機嫌が良いのなら、願いを叶えて欲しかった。切実なのだ。


 ユウキは無意識に力を入れていた指を、そっと開いた。

褐色の指の中から出てきたのは、白い小さなクマだった。深い闇の中でも、月明かりでぼんやりとその輪郭が分かる。首元には、細かな青い鱗が並んでいた。


侑子がクリスマスプレゼントにと、手紙の中に入れて送ってきた、小型のあみぐるみだった。彼女が編んだものの中では、最小サイズだ。


 このクマだけは、動かない。

侑子が元の世界に帰ってしまった後に、作られたものだからだ。魔法のない世界では、侑子はあみぐるみに命を吹き込むことはできない。


「会いに行くよ」


 手の中に横たわる小さなクマに向かって、ユウキは呟いた。


「俺たちはまた、出会えるはずだ」


 言霊、と口にした侑子の顔が浮かんだ。たまに彼女が実行する、並行世界のまじないだった。

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