第3話 不通

 侑子は確信しつつあった。

自分が今存在しているのは、魔法が存在する、あの並行世界なのだと。


試しに足元の瓦礫の破片を手にとって、サファイアに変えてみた。


六年ぶりの魔法でも、あの頃と同じように作用した。侑子のイメージの通りの色合いと透明度を再現した物体が、手の上に転がっている。


 マスクは必要ないだろう。

人の気配はないし、そこが密を心配する空間でないことは、明らかだ。


 夜の空気が、籠もった呼気で湿った口元を、撫でていく。


風に乗って、潮の香りがした。


――ここはヒノクニなの?


 侑子はそこがまだ確信できていない。

なぜならこの廃墟には、ここがヒノクニであることを示すものが、何一つなかった。


看板のひとつでも残っていれば、文字を確認できるはずなのだが、不自然な程そういった類の物が存在していなかった。錆びついたアトラクションを一つ一つ確かめてみたが、注意書きすら見当たらない。


ただあるのは、瓦礫と機械の遺骸のみ。


 そして侑子が途方に暮れることになったもう一つの要因は、透証が全く動かないということだった。


 手を翳して懐かしい人々の名前を呼び掛けてみても、全く反応がない。

ただのとんぼ玉である。


――どういうことだろう……。そういえば文通ができなくなる直前、ヒノクニはかなり混乱しているようだった


 繰り返される天災に、人々の魔力が枯渇するという、謎の現象。


透証は魔石と同じようなものだという、エイマンから聞いた説明が、頭をぎった。王の神力が宿っているので、一般的な魔石とは違い、魔力切れは起こらないはずだったが。


――まさか透証まで、使えなくなってしまったの?


 侑子が最後にヒノクニの状況を確認できたのは、もう二年も前だ。

あれからヒノクニでは、何が起こったのだろう。


突然文通という交信手段が絶たれたのも、こちらの世界が何かしら、のっぴきならない状況に陥ったことが、原因なのかも知れない。

幹夫の仮説通りだ。


 胸は早鐘を打ち始めたが、ここからどうするべきなのか分からない。


第一、この場所はいったいどこなのだろう。


――ヒノクニと日本の位置関係は、大体一致していたはず


 侑子の自宅とリリーの家の位置は、きっと同じだったのだ。だから侑子の最初と二回目の移動は、同じ場所だったと推測できる。

紡久が発見された場所も、彼の自宅があった街と一致していた。


――じゃあここは、富山県?


 ヒノクニは日本のように全国を四十七の都道府県に区切っていないが、国の形に違いはないはずだ。


 侑子は今日、東京から富山まで移動していたのだ。


『たまには遠出してみようか』


 裕貴の思いつきの一言がきっかけだった。メジャーなテーマパークを選ばなかったのも、完全に気まぐれだった。


――王都まで、どうやって移動すればいいんだろう


 ここがヒノクニだとして、なぜあの遊園地とこの場所が繋がっていたのか、侑子には分からない。


しかし、とにかく侑子が「するべき」と分かるのは、知っている場所へ向かうことだった。


――皆、どうしてるかな。元気なの?


 いてもたってもいられなくなる。


止まってはいられなくなって、侑子の足は夜の廃墟の中を、我武者羅に動き出した。

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