第52話 世界ⅱ消えた半魚人

 起きたらすぐに、便箋にこのことを書こうとユウキは決めた。


 何年ぶりにこの景色を見ただろう。

いや、正確には初めてだった。この遊園地の風景を、夢の中の視覚で認識するのは。

 今までの夢では、ユウキは五感があやふやだったのだ。


 しかし、間違いないと分かった。


――あの場所だ


 侑子と記憶を共有した、あの夢の中だった。


 しかしユウキは冷静だった。


カンではないと思う。

確信していた。


――ここにユーコちゃんはいない


 念のためだ。確信する思考に反して、ユウキの身体は彼女の姿を求め、園内を彷徨った。


しかし予想通り、目的の人物は見当たらない。それどころか、人っ子一人見なかった。


――いるわけない。だって俺は……


 立ち止まった先に都合よく目に入ったのは、ミラーハウスだった。

 その入口に立っただけで、ユウキは自分の全身を確認することができる。


 大きな全身鏡が見せたユウキは、いつものユウキだった。


見慣れたTシャツに、膝に穴が空きかけたジーンズ。肩につくほど伸びた髪は、大分灰色が占める面積が広くなっている。


――半魚人は、どこにもいないじゃないか


 侑子がここにはいないと確信する理由だった。


――ここに半魚人がいなかったら、ユーコちゃんは来れないだろう


 何故かそんな確信が胸に広がっていく。

 根拠は分からないが、この世の真理であるくらい、ユウキにとっての当たり前なのだった。


 自分から魔力は感じない。


 それでもユウキは、意識を集中してみた。魔法を使う時と同じように。


――鱗よ。生えてくれ。皮膚なんて、全て覆い尽くしていい。前みたいに目も耳も、魚になって構わない


 もしもそうなれたら――青い半魚人になれたら、侑子はやってくるだろう。


 その確信が揺るがなかったから、ユウキの心は高鳴ったのだ。


 頬からこそばゆい感触が伝わってきて、指の間に透明な水かきが伸びてくるのが見えた。

ミシミシと小気味良い音が頭に響き、口が避けるような、不思議な感覚に襲われる。視界は薄くなり、自分の笑い声が遠くなっていく。


「ユーコちゃん!」


 遂に見えなくなった視界の先で、全身鏡は青い半魚人を写していただろうか。


ユウキに確かめる術はなかった。


 愛する人の名前を叫んだ声は、寝室中に響き渡って、ユウキを現実の世界へと引き戻したのだった。

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