第51話 世界ⅰ川面の光

 放課後に二人だけで河原にやってきたのは、久しぶりのことだった。

夏休み明けから文化祭が開催された十月半ばまで、テスト期間を除く放課後は、目一杯部活動に充てていたのだ。

 

 侑子と裕貴は大きな倒木を見つけると、そこに並んで腰を下ろした。

 

「盛り上がってたよな。ゆうちゃんの声も、絶好調に戻ったし」


 裕貴がスマートフォンの画面から見ているのは、先日の文化祭で撮った写真の数々だった。


「練習に穴あけちゃってごめんね。野本くん、やりづらかったでしょ」


 動画の再生マークがタップされて、侑子と裕貴の歌声が流れてくる。小さな画面の中の二人が、視線を交わし合いながら歌っている。


「大丈夫。ゆうちゃん休んでいる間は、そっちのパートも一人で歌ってみたりしたんだよ。高音かなりキツかったけど……でも歌ってみてよかった。ゆうちゃんの間の取り方とか、音の切り方を実感できたから。勉強になった」


 動画の中で曲が終わった。

音割れする程の音量で、誰かがスマートフォンの近くで裕貴の名前を叫んでいる。拍手の音は長く続いていた。

 

 二人で歌った曲は、反響が良かった。


 合宿では仁志のピアノだけだったが、学祭向けにバンド形式での練習が進められた。結衣のベースと聖のドラムに加えて、仁志がギターで加わった。裕貴はこの曲においてはギターを封印し、歌に専念したのだった。


「野本くんがギター持ってないなんて、珍しい構図だったよね」


「歌だけに集中したいと思ったから」


 軽い気持ちで言葉にした侑子とは、対象的な含みを持った口調だった。


「手塚勇輝さんに、負けたくなかった」


 見開かれた侑子の焦げ茶色の瞳は、川面に反射した光によって、幾分彩度が上がっていた。

 まっすぐ見つめられて、いつものことながら心拍数が上がる。しかし裕貴は視線を外すことなく続けた。


「今ここでゆうちゃんと歌っているのは、俺なんだ。一緒に声出してるのは俺なんだぞって、宣言したかったんだ」


 裕貴は大きく笑った。屈託のない笑顔だ。


「誰かと張り合う気持ちでいると、燃えるもんだな。かなり練習に熱が入った。おかげで中間テスト、ヤバかったけどね」


 遠く隔たれた対岸に、釣り人の影が一つだけ見えた。


 二人から目に入る人の気配はそれだけで、時折近くの鉄橋を電車が通過していく音だけが大きい。


「曲を書くよ」


 侑子がどう言葉をつなげようか考えあぐねている横で、裕貴は滑らかに言葉を紡いだ。


「出来上がったら、また俺と歌ってくれる?」


 頷く侑子に、裕貴は破顔した。


その笑顔が眩しいと侑子が感じたのは、太陽光を反射させた揺れる川面のせいではなかっただろう。

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