ジロウの屋敷⑥

 カレーはとても美味しかった。

味は日本の家庭で食べるカレーと変わらなかったし、中に入っている具材も、人参玉ねぎじゃがいもに豚肉といった、一般的なものだった。


そのことを正直に意外だったと伝えると、侑子以外の三人は興味深そうに頷くのだった。


「話だけ聞いてると、こっちとあっちじゃ、そんなに変わらないような気になるな」


「同じことと違うことの、落差が激しいんです。私は魔法なんて見たことすらなかったですし……そこが一番の違いだと思います」


 ジロウは「ふーん」と腕組みをしながら侑子を眺めていたが、何か確証を得た顔になって、同意を求めるようにユウキとノマに目線を送った。


「……でもな、ユーコちゃん。君も魔力を持っているようだぞ」


 怪訝な顔になる侑子を見て、困ったようにジロウはバンダナを外した。

ボサボサの太い銀髪が顔を出す。


「自覚はないようだね。でも分かるんだよ。この世界では皆、多かれ少なかれ魔法を使う。当然、魔法を編み出す力の根源――魔力は皆持ってる。お母さんのお腹に宿った、その瞬間からね。そして魔力は他人からも見える物なんだよ。見える、というか感じるって方が正しいのかも知れないが」


「見える……?」


「そう。呼吸するときに、吐息が体の外に出ていくだろう。あんな感じで魔力の香りのようなものが、少しだけ体外に漏れ出る。それで分かるのさ。そして魔力の感じや察知できる量によって、その人がどういう属性の魔力を多く持っているのか、魔力を使いすぎて消耗しているとか、簡単な健康チェックまでできてしまう」


 ジロウの説明を、ユウキが引き継いだ。


「実はユーコちゃんに会った時から、俺も分かってたよ。君に普通に魔力があるってこと。だから魔法を見て怯えていたことに、とても驚いたんだ。あの水を呼ぶ魔法は、かなり一般的なものだからね。けど、段々分かってきたんだ。理由は分からないけど、この子は魔法を使ったことがないのかも知れないって。だから魔法も見たことないんじゃないかって。この世界じゃありえないことだから、半信半疑だったけど……。あの時のユーコちゃん、かなりフラフラで体力は限界って様子だったけど、魔力は全く消耗してなかったから」


 緑色の瞳が細められた。


膝を手当てしてくれた時も、こんな風に優しい表情で接してくれていたことを、思い出す。


「並行世界のことは分かりませんが、ユウコ様が私達と同じ人間……同じ種族なのは、確かなようです。あちらの世界で魔法自体が存在しないということは、あちらの世界の人々に魔力があったとしても、誰も使わないし知らないだけなのではないでしょうか」


 ノマの推測にユウキとジロウも頷く。


「そういうことだろうな。ということは、ユーコちゃん。君にも魔法は使えるということだ」


「私が……?」


 信じられない思いで、両の手のひらを見つめた。


 ユウキがやったように、この手のひらに零れ落ちない不思議な水を出現されることが、自分にもできるということか。


心地よい温度に調整された室内では、水どころか汗すら出てくる気配はないのだが。


 魔法が使えたら良いのに、と今まで夢想したことは何度もあった。しかしそれは誰もが一度は想像したことがある程度の、子供らしい空想に過ぎない。


「使えるはずなんだよ。魔力があるんだから。でもユーコちゃんくらいの歳で、まだ一度も魔法を使ったことがない人って、どうやって使い始めるんだろうね?皆物心つくころには魔力を表面化させて、魔法を使っているものだからな……」


 ユウキも侑子の手のひらを見つめながら、首を捻っている。


「修練すれば使えるようにはなると思うぞ。大丈夫さ。とりあえずユーコちゃんはこの世界のことを、少しずつ知っていけばいいじゃないか。食事と寝る場所の心配はしなくていい。ここをとりあえずの家と思ってくれて、構わないからな」


 ジロウが大きく歯を見せて笑う。


「ありがとうございます」


 この世界に来たばかりの怯えきった自分は、すっかり姿を消したようだ。


常識の通じない、知らない世界にいるという意識は消えないが、自分の居場所を与えられて、安心を得ることができた。


 その事実だけで今は充分だった。

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