ジロウの屋敷⑦

 食事が済むと、ユウキが屋敷の中を案内してくれると提案した。


疲れていないか訊ねられたが、食事も摂ってすっかり体力が回復したと感じる侑子は、迷わず「大丈夫」と答えたのだった。


 広い屋敷の中をぐるぐる歩き回りながら、ユウキやジロウ、ノマの部屋の場所や、浴室やトイレの位置などを一通り確認し終える。


 最後にユウキは、五階建ての屋敷の最上階にある一部屋に、侑子を引き入れた。


 そこは空室のようで、家具は何も置かれていない小部屋だった。


部屋の隅に小さな階段が伸びていて、更に上の空間があるようだ。


「登っておいで」


 ユウキが先にその階段を登り、短い柵の上から顔を出して、侑子を手招きした。


 侑子もそこへ上ると、ロフト空間が広がっており、そこに少し背を屈めたユウキがいた。

長身のユウキには直立することが難しいようだが、侑子は屈まなくても天井が頭にあたることはなかった。


「こっちこっち」


 ユウキが示したのは、壁の一角にある、嵌め込み式の小さな扉のようなものだった。


猫の出入り口ほどの大きさのその扉には、小さな取っ手がついており、そこをユウキがひっぱると、簡単に開いた。


 そこは五十センチ四方ほどの空間で、何やら光源があるようだ。

鮮やかな光を確認すると、それがこれまで何度か目にした、魔石であることが侑子にも分かる。


 魔石の色は、赤・青・黄・緑の四色だ。それぞれの色の玉が五つずつ、綺麗に並んで白い容器に嵌め込まれている。


そしてその容器からは、いくつもの管が伸びており、管は空間内部の壁へと繋がっていた。


「これは?」


「“魔石ソケット”。魔石を入れてあるでしょ? このソケットから、魔石内部の魔力をエネルギーとして抽出する。そしてこの線を通して、家全体のあらゆるところへ届けるんだよ」


 ユウキは魔石が嵌め込まれた四角い容器を示して、容器から壁へと伸びる線を指差した。


「黄色は電気、青は水、赤は炎、緑は風の属性魔力を蓄積した魔石。電気と水、炎は分かりやすいかな。部屋の壁のスイッチを押せば照明がつくし、水道は蛇口を捻れば水が出る。コンロもスイッチを押せば炎が出る。風は水や炎と組み合わせて冷暖房に使ったり、空気を浄化することに使われるんだよ。こういうことはもちろん魔法で必要なときに行うこともできるけど、魔力を消耗するからね。こうやって屋内にいる間は、魔石の力に頼ることも多いんだよ」


「この設備があれば、魔法が使えない人も不自由しないってことか」


 圧倒的にコンパクトではあるが、侑子のいた世界における、ガス水道電気のインフラ設備と同じようなものだろう。


「そういうこと。まだ魔法をうまく使いこなせない小さな子供でも電気をつけることができるし、魔力を消耗しすぎてる時には重宝するよ。大体の家庭には備わっている、基本設備だね」


 ユウキは赤い魔石を一つ、ソケットから外して侑子に手渡した。


「今はその魔石は光ってるけど、中の魔力が空になると、ただの黒っぽい石になるんだ。そうしたら新しい魔石に交換するんだよ」


 侑子の手の中で赤く光る魔石は、つるりとしていて、ずしりと重みがあった。炎の魔石とのことだったが、熱くもなく、かといってひんやりと冷たいわけでもなかった。


「……なんだか本当に電池みたい」


 ユウキに魔石を返しながら呟いた。


「電池もなくなると交換するんだよ」


「へえ。本当にこっちとあっちでは、似ていることがあるんだね。でも魔法は存在しないんだろう? デンチって、どうやって作るの?」


「うーん。作ってるところ見たことないけど、多分工場で、人が機械を使って作ってるんだよ。少なくとも魔法じゃない」


 ユウキは背を屈めなくてもいいように、床にあぐらをかいた。侑子も腰を下ろす。


「魔石は人が魔法で作るんだよ。その辺の石ころからでも作れる。大体は中の魔力が空っぽになったやつを、再利用するんだけどね。自給自足で各家庭で作ることもできるけど、中に入れる魔力量はけっこう多い。一つ作るだけで、かなり疲れる。だから大抵は店で買うんだ」


 部屋の片隅に置いてあった小箱の中からユウキが取り出したのは、灰色の球体だった。


「ほら、これが魔力がからっぽになった魔石」


 元が何色だったのかは分からず、光ってもいないそれは、固く押し固めた泥団子のように見えた。


「見てて」


 ユウキは両手で包み込むように灰色の球体を持つと、じっと凝視した。

唇は引き結ばれ、身体がやや強張っているのが分かった。


 僅かな時間だった。


灰色の中心がキラリと輝いたかと思うと、じわりとその光は球体全体に広がっていく。灰色に滲むように広がるその光は、徐々に色彩を帯び、その色は青だった。


「はい、水の魔石の完成」


 ふうと息を吐き出して、ユウキがその魔石を侑子の手の上に置いた。


先程まで泥団子のようだった球体は、まるで命を吹き込まれたかのように、淡く輝き、青く美しい。


「すごい。本当にこんなことを、普通に皆できるものなの?」


 侑子は魔石を色々な角度から観察した。


「健康な大人だったら、元気な状態で一日に三個くらいはその大きさを作れるんじゃないかな。それでもやっぱり、一日動いた後だと疲れるけどね」


 笑いながら答えるユウキに、侑子は少し申し訳なくなる。


「……ユウキちゃん、疲れてるよね? 私みたいなのが突然やってきて、びっくりしただろうし。ごめんね」


 侑子に説明するためだけに、魔力を多く消耗するという魔石作りまで見せてくれたのだ。

思い返せば、昼間もたくさんの魔法を使っていたようだった。


「嫌だな。そんな心配しなくていいよ。大したことない。眠れば回復するんだし、それに俺がやりたくてやってるんだ。ユーコちゃんに魔法のことやこっちの世界のことを、教えてあげたいんだよ」


 親しげな笑みを向けて、こう付け足す。


「同じ夢の記憶を共有した仲じゃないか。遠慮なんかなくていい。夢の中では、もっと気安かったはずだよ」


 その言葉に、侑子は夢の記憶を思い出す。


確かに侑子はどの友人と過ごす時より、素のままの自分で半魚人に接していた。


うんと幼いころから知っている存在だった。安心しきっていたし、遠慮なんて言葉を忘れていた。夢の中だと分かっていたからというのも、大きいが。


「いつも俺の鱗に触って遊んでた。手を引いて話しかけてくるのは、いつだってユーコちゃんからだった。よく笑ってた。とっても楽しそうに。現実でも、そんなふうにして欲しいな」


 侑子の手に収まったままの魔石に触れるように、ユウキが自身の手を重ねた。


「鱗はないけどね」


 表情を覗き込むように頭を傾けたその姿勢に、侑子は強い既視感を覚えたのだった。


 あの半魚人は、よくこんな風に侑子の顔を見ていたではないか。


「やっぱりユウキちゃんだったんだ」


「なに、まだ信じてなかったの?」


 目を丸くするユウキに、侑子はおかしくなって笑った。


「……まあいいや。ゆっくり慣れていけばいいよ。明日、もっと教えてあげる。この世界について理解が進めば、ユーコちゃんも魔法が使えるようになって、感覚的に腑に落ちることも増えるかも知れないね」


 さあ降りようと、ユウキは立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る