夢現③

「夜は宴会だからな。寄り道しないでまっすぐ帰ってこいよ。エイマンくんとリリーも連れておいで」


「ユーコさんの好きなもの、沢山準備して待ってますからね」


 玄関先まで出てきたジロウとノマに見送られて、侑子とユウキは出発した。


 「いってきます」をこの広い玄関で言葉にすることが侑子の日常となって、一年が経つのだ。


しかし侑子はもっと長い時間をここで過ごしているような気がする。

隣にユウキがいる時には尚更だ。彼は侑子が物心つかない程の昔から知っている人物なので、その効果なのかもしれない。


「暑いなぁ」


「もう七月も後半なんだもんね」


 歩きはじめてまだ少ししか経っていないのに、既に侑子の首筋は汗でじんわりと濡れていた。

日傘の恩恵に預かっているものの、度々タオルを取り出さないといけない。


セーラー服でこんな風に汗を拭いていると、本当に日本の夏の通学路を歩いている気分になってくる。


「喉乾いたら、あるからね。これ」


 ユウキが取り出したのは、見覚えのある透明な筒だった。

日頃彼が愛用しているそれは、初見では訝しんだもののすっかり侑子にとっても馴染みの道具だった。


 立ち止まってその筒から中の液体を口にする。分かっていても、口元が盛大に緩むことを止められない。


「最高。美味しすぎる」


「一年前も美味しそうにこれ飲んでたね」


「すごく美味しかったな。今年の梅ジュースもとっても美味しいけど、去年飲んだあの梅ジュースは、特別」


 歩きはじめて隣を見上げる。緑の瞳もこちらを見ていて、侑子は嬉しくなった。

 

「ねえ、歌おう」


「いいよ。何歌いたい?」


 夢とうつつの境目が曖昧になる瞬間だった。


 ユウキとの散歩が一日の中で一番楽しみな時間となっているのは、もう睡眠中の夢として見ることがなくなったあの光景の中に、再び没入している感覚に戻れるからかも知れない。


 侑子が歌い始めると、最初のフレーズが終わらないうちにユウキの声が重なってくる。


流れ落ちる汗も、日差しの熱さも、まるで気にならなくなる。


 二人の歌声は、歩幅を合わせた二人の後を追いかけるように奏でられ続けた。

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