正解⑥

 庭先の梅の蕾が丸く膨らんでいる。

もう数日のうちに開花しそうだと気づいたのは、三月に入ったばかりの温かい日だった。


 屋敷の庭には紅梅と白梅の木が複数植えてあり、いずれも紡久の背丈よりも僅かに高かった。背伸びしなくとも目に入る位置に蕾をつけた枝が広がり、紅梅の蕾はしっかり紅色をしていることが遠目でも分かる。

 

――これだけ暖かければ、暖はいらないな


 小脇に抱えていた小型の折りたたみチェアを広げて、腕にぶら下げていた四角いランタン状の箱を地面に置く。


いつもならその箱の中に入った数個の炎の魔石に火を灯し、暖を取りながら作業するのだが、今日は着火のために手を翳すことはしなかった。


 陽の光が紡久の明るいオレンジブロンドの髪を燃やすように照らした。黒髪よりも熱を吸収しにくい気がするが、気の所為だろうか。


こちらの世界に来てからまだ一度も散髪をしていないので、髪は大分伸びていた。

前髪のオレンジ色はいつでも彼の視界に入り、その度に自分がいる世界が異世界であると意識させられる。


 A5サイズほどの小型のスケッチブックをめくると、何も描き込まれていない紙に鉛筆を走らせる。


折りたたみチェアを広げたものの、結局そこには座らずに時間は過ぎた。


梅の蕾とスケッチブックの上を視線が何度も往復し、白一色の紙の上にいくつもの丸い蕾が次々と息吹を上げていった。

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