疼き③
侑子とユウキの二人で始めた練習には、程なくアミとリリーが加わることとなった。
「今日はリリーはソロで歌わないの?」
ユウキがそう訊いた。
てっきり練習風景を覗きにきただけだと思いきや、リリーは本格的に演奏に加わる姿勢を見せたのだった。
ピアノ椅子に座って、「今日はどの曲をやるの?」訊ねたリリーは、ユウキの反応に薄く笑った。
「うん。何となく誰かと一緒にやりたいなーって。そんな気持ちになっちゃった。今からピアノねじ込んだら、邪魔になっちゃうかしら……。それならコーラスだけでも、参加させて欲しいんだけど」
目を丸くしながら、ユウキは答えた。
「どうしちゃったのリリー。らしくないよ。もちろん一緒にやるのは大歓迎だけど」
アミも侑子も頷く。
侑子はむしろ、リリーと一緒に歌う機会なんてなかなかなかったので、是非にと声を大にして誘いたかった。
その一方で、彼女の元気のない理由について見当もついていたので、どのように励ましたものか、思いあぐねている。それはユウキも同じようだった。
「とりあえず、一緒に音を合わせてみませんか? まだまだ本番まで時間はあります。音に乗っているうちに、雑念なんて取り払われるものですよ。とにかく楽しむつもりで」
アミはギターを掻き鳴らし始めた。
「そもそも今日は、歌う方も演奏する方も、全員で楽しむことが大切なはずでしょう? 心から楽しい思いを持ちながら、年神様をお招きしないと」
音に運ばれるように耳に入ってきた彼の言葉は、侑子の口から自然と歌声を誘い出していた。
リリーが形良く唇を微笑ませると、彼女の指が鍵盤の上を踊り始めた。ユウキの歌声も後から続く。
侑子はこの日の服に、着物を選ばなくて良かったと思った。
曲が進んで四人の気が昂ぶるに連れて、自然と身体そのものがリズムを刻み始める。踵が拍子を取るように動き始め、肩が揺れだす。
音楽に合わせて身体が踊り出した経験なんて初めてだったが、楽器の音に、歌声に、抱えられたように侑子の身体は揺れた。
「誰かにドラム叩いてほしいなぁ。せっかくならベースも。リズム隊ほしいな」
侑子同様激しく身体を揺すっていたユウキが、息を整えながら言った。
ピアノとギターの二人も楽器から手を離して、各々水分補給をしているところだった。
「楽しくなっちゃったね」
「今から誰か呼んでみましょう。誰かしら来るわよきっと」
いつもの明るい口調のリリーが透証を通じて誰かを呼び出す様子を見ながら、侑子は小さく「良かった」と呟いたのだった。
息を弾ませながら会話するリリーに、先程までの影は見られない。
もしかしたら一時的な回復なのかもしれないが、少なくともそんな彼女の気を紛らわせ、前に向かせる方法があるということが分かった。
そしてその手段が、自分の手の中にも確かに存在することが確認できて、侑子は誇らしい気分にすらなるのだった。素晴らしい高揚感だった。
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