疼き②
「ユーコちゃん」
ユウキが侑子を呼び止めたのは、花屋の店先だった。
この店も他の店と同様表戸を閉めていたが、数個の大きな水を張ったバケツが置いてあり、青々とした大きな葉を広げた榊が入れてあった。
傍らに、木製の料金箱が値札と共に添えられている。無人販売のようだ。
「ジロウさんに頼まれてたんだ。買っていこう」
ユウキが料金箱に硬貨を入れる。
侑子は根本を紐でくくられた榊を、バケツから取り出した。そして袋を何も持ってきていないことを思い出して、宙に手を翳して、しばらく集中してみる。
数秒の後、そこには榊を入れるのに丁度良い大きさのビニール袋が出現していた。
「へえ。上手くなったじゃないか」
弾むユウキの声に、少しだけはにかんで、嬉しくなった侑子は榊を袋にいれながら微笑んだ。
何もない場所から物を出現させる魔法も、物質変換なのだ。大気を物に変化させる。
ただ空気は目に見えないし、明確に触感があるわけでもないので、石ころを変換させる場合よりも、侑子にとっては難易度が高かった。最近になって、ようやくコツをつかめてきたばかりなのだった。
頭で思い描いたビニール袋の画像が、よく兄や叔母と買い物に行っていたスーパーのものだったのだろう。そっくりそのままその店の袋を作り出していたらしく、侑子が出現させたビニール袋には、懐かしいロゴマークが印字されていた。
「どおりで見たことない店の名前だと思った。さて、そろそろ帰ろうか。本番まで、少し練習もしておきたいしね」
ユウキの明るい声に相槌を打って、来た道を引き返す。
今夜、ジロウの屋敷では滞在者皆で賑やかに新年を迎える宴を開くのだ。変身館関係者も多くいるので、毎年ちょっとしたコンサートのようになるのだという。
今夜は侑子も演者側だ。
見知った人々だけなので、緊張よりも楽しみという気持ちの方が大きい。少し前の自分からは、想像もしていなかった心境である。
「今年は今までで、一番楽しい歳納になりそう」
歌を口ずさみ始めたユウキの隣で、侑子は自分の声をその旋律に乗せ始めた。
そしてそんな今の状況が、夢とはまるで反対だとぼんやり思ったのだった。あの夢の中で歩きながら先に歌い出すのは、決まって侑子からだったのだ。
しかしそんなことは、すぐに気にならなくなる。
ただ喜びを感じるのだった。
二人で並びながら歌えることに。
あの夢は再び見ることはなくなっていたけれど、その代わりに現実で幸せを実感できる瞬間を手に入れることができたのだから。
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