第34話 疼き

 大晦日のその日は、抜けるような晴天が央里に広がっていた。


 午前中の早い時間から、侑子とユウキは、並んで歩いているところだった。こうした散歩も、久々のことである。


 変身館は、大晦日と年明け後一週間は閉館するのだという。

年忘れコンサートや年明けの宴会会場として開館するものだと思っていた侑子は少々意外だったが、大晦日から年始後一週間は大体どこの店も閉まり、各々の家や滞在先で親しい人との時間を過ごすのだという。


 普段は魔法に頼らずに生活している人たちも、この時期ばかりは魔法を存分に使い、家事や雑務から解放された生活を送るらしい。

魔法さえあれば、店が開いていなくても、一週間くらいは不自由なく暮らせるということだろう。


 商店街の店が軒並み閉まっている光景に侑子は驚いたが、所謂シャッター街のような閑散とした雰囲気は漂っていない。


通りは侑子達と同様散歩をしている人や、ベンチに座って談笑を楽しむ人、駆け回って笑い声を上げる子供たちで、十分賑やかだった。

皆ゆったりと余裕のある表情をしている。侑子もつられるように、自然と口元が緩んだ。


「本当に空いてるお店が一軒もないんだね」


「商売しちゃいけないって決まりがあるわけじゃないんだけどね。大体の店が閉まるよ」


 ユウキがブレスレットを買ってくれた、あの店も閉まっていた。

二階の住居部分の窓に、明かりが灯っている。


「こんな風に平和な大晦日の風景っていうのは、実はようやく戻ってきたばかりなんだよ」


「政争があったから?」


「そう。少し前まで、皆歳納どころじゃなかった。政争真っ只中のときは、兎に角いつもの生活ができれば万々歳。決着がついてからは、生活基盤を立て直すのに皆が忙しかった」


 綺麗に整った町並みからは、とても想像がつかない。

 央里は戦地にならなかったが、治安は悪化し、街の景観を整える余裕は行政にも市民にもなかった。

争いに終止符が打たれた頃には、かなり荒廃していたのだという。

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