第33話 白衣

 転移魔法

 テレポーテーション

 瞬間移動


 その現象を言い表す言葉はどれも一般的だったが、実際の現象として目撃した人間は少ないだろう。だからこそ、本当にそれが起こったのだという確証を得ることは難しいのだが、彼の中ではそういうこととして結論づける他なかった。


 火の手が回り始める中、姿が消え去る直前に見たオパールの瞳。その目は、確実に自分の姿を捉えていただろう。驚愕と驚異に震えていて、声は聞こえなかったけれど、唇の動きだけでどのような言葉を発しているのか分かった。


『どうして』


 そう言ったのだ。

そしてそれきり彼女と、彼女の身体を支えるように抱きかかえていた男の姿は、丸ごと消えた。まるで最初からそこに存在していなかったかのように、一瞬の出来事だった。


 彼はその人にその現象について、見たままのことを報告した。

その人物はさして驚きもせず、「ふうん」と相槌を打っただけだった。


「そう。消えたんですか」


 感心を引かれなかったのだろう。そういう男だ。興味感心を引かれるもの、引かれないものに対する反応の落差が激しい。こめかみのあたりが、ピクピクと痙攣しているのが見えた。


「それよりも、また行方が分からなくなったのですね」


 やや低くなった声に、報告者は緊張する。自分とその人の間に立場的な上下はないはずだし、むしろ社会的な地位で言えば、自分の方が上といえる。しかしそんな常識が通用する場ではないし、気にかけるような人物ではない。


「過ぎてしまったことは、仕方がない。すぐにまた探してください。それともう一件の方も。進めておいてくださいね。こちらはまだ実際に手をつけるには早い段階なので、泳がせておいても構いません。しかし場所は見失わないように」


 機械音を思わせる単調な声だった。しかしこういう話し方をする時ほど、この人物は憤っているのだと彼は知っている。四の五の言わずに了承の意を伝えて、その場を後にした方が面倒が少ない。


 正直、同じ空間に留まりたくはなかった。何を考えているのか分からない不気味さと、此方の考えていることは全て聰られているような落ち着かなさが、始終胸の中に垂れ込めるのだ。


 その部屋を退出する際に、白衣姿のその人物の全身像を目が捉える。


 少年のようにも、老齢に差し掛かったようにも見える理由は、これまでの人生の中で、感情に揺れる経験が極端に少なかった為なのだろうか。

 常に焦点が合っていないスカイブルーの瞳は透き通っていて美しいが、玩具のプラスチックのように安っぽく光る。

いつ食事を摂っているのかは分からないが、その丈高な身体は棒切れのように痩せている。しかし動作に弱々しさは皆無で、動きも俊敏である。


 一つの身体の端々に無数の両極端が存在するので、その人物の佇まいは、いつだって不穏だ。


「ヒトはモノとセットでこちらに持ってきてもらえれば、一手間省けてベストですが」


 此方を振り返らずに、その人物の言葉が追いかけてくる。


「最悪なくても構いません。おまけのようなものですから」


 彼は短く返事をすると、後ろ手に扉を閉めた。放っておくとどんどん早くなりそうな歩を押し留めながら、その場を離れた。

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