宮司の悩み⑥
『それでは先程あなたが仰ったのは、どういう意味なのですか。扉が開いた、とは? それがミネコさんの嫁ぎ先だったとは?』
オリトは声を落として、タカオミの方へ顔を近づけた。
緊張に顔が歪んだままのオリトに対して、タカオミの方は、相変わらず変わらぬ表情である。まるで録音してきたかのように、淀みない口調で彼は答えた。
『カギの神力の名残です。ミネコさんがあの家でカギと共に過ごした時間、それが長い時間であればあるほど、鍵の神力は、その場所に沈殿していきます。もしくは……これはあくまで私の推測ですが』
その言葉の続きを述べる時、それまで人形のようだったタカオミの瞳に、一筋の光りが現れたのをオリトは見た。
その瞳は澄んだ菫色をしていたのだと、オリトはその時初めて気がついた。
『ミネコさんがあえて、僅かな量の神力を、あの家に残してきたとも考えられます』
『あえて?』
なぜか嬉しそうな笑みを浮かべるタカオミに、信じられないという思いがこもった口調で、オリトは返した。
『王の指示なく、ミネコさんがカギの力を使ったというのですか』
カギの守役にとって、それは禁忌のはずだ。
ミネコがそんな勝手を犯すはずはないし、そもそもそんなことを仕出かす要素がある人間は、守役に選出されない。
『そうだとしても、彼女を責めることはしません。これは王の言葉です』
一回り以上年若い男になだめられながら、オリトはそれでも納得できないという視線を送った。
『むしろ、もしミネコさんが機転を利かせてカギを使ったのだとしたら。彼女が危険を冒してまで作ってくれた幸運を、台無しにすることはできません』
『幸運?』
幸運、という単語を口にしたタカオミの表情は、生き生きとしていた。
彼の年齢を知らないオリトは、タカオミは実は自分が考えている以上に若いのではないだろうかと、確信を持った程だった。
『来訪者が来たのです』
『
オリトは先程よりは落ち着いた声音で訊ねた。
驚きはしたが、納得しやすい報告だった為だ。カギの力が表出して、扉が開かれたからには、並行世界から誰かがやってくることは必然なのだから。
『“並行世界からの来訪者は、この国に幸運をもたらす”』
この国に住む者なら、一度は聞いたことのある言い伝えである。
読み上げたような口調で呟いたタカオミは、一呼吸置いた後に、言葉を続けた。
『ミネコさんがいなくなって、五年以上が経ちます。その間扉は彼女の家にずっと存在していたのでしょう。あちらの世界にこちらの世界が必要とする資質を持った人物が現れて、ようやく扉がその人を招き入れるに至った』
オリトは無言で頷いた。
宮司を引き継ぐことが決まってから、父から教え込まれた知識を思い起こす。
並行世界からこちらへやってくる人間は、無作為に選ばれるわけではない。
ヒノクニにとって害をなす要素がある者や、無益な人物は
扉が通すことを許さないのだ。
神器の持ち主である王でさえ人選はできないが、扉を通ってこちらの世界にやってくることができる者が、国の安寧をもたらす素質を持っていることは確実なことだ。
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